加減上手






   『今日は"いい夫婦"の日です。』


TVから聴こえてきた声に、ふと箸を止める。
今月はほぼ毎日のように、『いい〇〇の日』というアナウンスを耳にし、聞き流しているが、
今日だけは、何となく…何となくを装いつつ、何としてでも訊いてみたいことがあった。

「『いい夫婦』とは…何がどのように『いい』のだと、思いますか?」

そこそこ色んなメニューが並ぶ晩御飯と違い、我が家の朝はほぼ決まっている。
ご飯、お味噌汁、海苔、漬物各種…変わり映えのしない、一汁一菜の安定した『朝定食』だ。
だから、食事中に「美味ぇ~っ♪」的な感嘆が出ることも特になく、
ただ黙々と食すのみ…絵に描いたような『ザ☆老夫婦の朝』風景を、日々繰り返している。

「それ、実は凄ぇ『いい』質問…結論としては『夫婦次第』だがな。」

俺の問い掛けに、黒尾さんは緑茶を一口飲み、沢庵をぽりぽりしながらぽつぽつ答えた。
態度こそ『私事モード』だが、その瞳には『仕事モード』…離婚専門のオサムライ様の光。


「俺の経験から、考えてみると…」

   どんな夫婦が、『良い夫婦』なのか?

この考えに囚われることこそ、離婚への近道だったりするんだよな。
良い夫、良い妻、良い夫婦、良い家庭。
その『良い』に含まれているのは『良かれ』というニュアンス…『あるべき姿』なんだ。

「『良い夫婦』とは、こうあるべき…だと?」
「『あるべき』ってのは…単なる価値観だ。」

誰の視点から観た『あるべき』なんだ?
極端かつ歴史的な例で言えば、産めよ育てよ家父長制万歳…戦時体制国家視点の『良い』だ。
財政的に言えば、良い夫は税金納付のために働き、良い妻は未来の高額納税者を育てよ…か。
もしかすると、誰かの意見に付き従うだけのカンケー…『唯々(諾々)夫婦』かもな。

「家と国家の存続に支障をきたす、子どものいない夫婦は…『良い』とはみなされねぇな。」
「孫の顔を見せられないなんて、良い嫁失格…俺達はアウトどころか、論外の扱いですね。」

「俺達は『別の価値観』扱いだから、まだマシな可能性も、無きにしも非ず。」
「子どものいない男女の夫婦の方が、むしろ風当たりが強いかもしれません。」


要するに、世間様から『良い』と思われるような夫婦でありたい…っていう固定観念が、
自分達の現実の姿と合わないと感じ、『良い』カンケーだとは思えなくなってしまって、
その齟齬を埋めようと無理をしたり、相手に変革を強要したりして、余計に溝が深まるんだ。
TVで輝く『おしどり芸能人夫婦』や、SNSを賑わせる『リア充夫婦』達の、眩しい生活…
それはどちらも、そういう『ひとつの価値観』つまり『一商品』に過ぎないんだがな。

「『良い夫婦であれ』という価値観に囚われ…『いい夫婦』とは、真逆の道に進む。」
「価値観の相違こそ、離婚の第一事由。相手も苦しいが、自分も苦しい…自縄自縛。」

世間様の常識という、ただの個人的な価値観…思い込みに囚われた『良い夫婦』ってのは、
ぶっちゃけて言えば、『(誰かにとって都合が)良い夫婦』ってことになるんだよ。

「そんな『良い夫婦』…俺は御免だ。」

だから、赤葦の質問が『どんな夫婦が良い夫婦なのか?』じゃなくて、
『いい夫婦とは、何がどのようにいいのか?』だったことが、俺は物凄ぇ嬉しかった。
夫婦お互いにとって、『何がどんな具合だったらいい』のか、ちゃんと調整し合える…

「『いい加減』な夫婦こそ、いい夫婦じゃないかと…俺は思ってるんだ。」
「怠惰という意味ではなく、『いい塩梅』…ちょうどいい、の方ですね。」


俺の受け答えに、黒尾さんは心から満足そうに頷くと、
ほどよくぬるくなった緑茶を、二人の湯呑に注ぎ足してくれた。

「いい夫婦とは…加減上手な夫婦だ。」
「加減上手…夫婦も加減乗除ですね?」

互いに助け(+)合うのは、当然のことながら。
互いが違う価値観を持った別の人間だと認識…最奥まで踏み込まず、引き(ー)際を守ること。
そして、様々な掛け(×)合いをしながら、互いにとって『いい』具合を見計らって、
「ま、俺らはこのぐらいでいいか♪」と…ちょうどいい辺りで割り(÷)切ること。

「互いにとっての『いい加減』を、二人で一緒に探求し続ける…」
「それこそが、俺の思う…俺の願ってやまない『いい夫婦』だ。」


俺の願い通り…願いを超えた『いい答え』に、お腹以上に心がいっぱいに満たされた。
ご回答ありがとうございました♪と、頬の緩みだけでお礼を伝え合ってから、
二人で冷蔵庫に入れるものは入れ、食器はシンクに置くだけ、座卓は部屋の隅に立てかけて、
そのままゴロリ…二人並んで絨毯の上に寝転がり、『仕事モード』の光を大あくびで消した。

「今日は月曜。気合を入れるべき週初めだが…昨日の筋肉痛でダリィから、午前は半休な~」
「洗い物もそんなにないですし、お昼ご飯の分と一緒に食洗機…午後から頑張りましょう~」

籠を倒して手繰り寄せたリモコンで、黒尾さんがTVと照明を落とす間に、
俺は両足で毛布を引き寄せて二人の上に投げ、黒尾さんの胸元に…もぞもぞ。


「明日の朝ご飯…お餅かパンにしませんか?」
「俺も今…全く同じ提案、しようとしてた。」




- 終 -




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「『ナニ』がどのように『イイ』夫婦カンケーか…」
「というカンジで、真昼間から加減知らずに上乗…」

「表記的には『↓な話』なんかよりも、ずーっと…」
「内容的には『↑の話』の方が…大人向けですね。」



2021/11/22   

 

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