棒惹舞人






「くーろーおーーーっ!俺と、ポッ…」
「やーなこった!他所でやってくれ。」


週の半ばにも関わらず、何故か急遽入った、音駒と梟谷の練習試合。
おつかれっした~!の御挨拶が終わるや否や、木兎が絶叫と共に黒尾へ向かって飛び付き、
黒尾はそれを予見していたかのように、脱兎の如く逃げ始めた。

「まだ俺、『ポッ』以外言ってねぇだろ!?」
「『ポッ』まで言やぁ、わかるっつーの!!」

「ポップコーン食べよ♪かもしんねぇぞ?」
「ウソつけ!別の棒状甘味の方だろうが!」

今日は11月11日。
1が4つ並ぶため、ありとあらゆる語呂合わせで『〇〇の日』が制定されている。
その代表格なのが、ポッ…または、プリッ…ではじまる、棒状おやつの販促デーだ。

「黒尾もよく言うだろ?サイジキ…季節の行事を大事にしろって。知らねぇの?この伝統。」
「いつそれが、歳時記レベルの伝統にまでに格上げされたんだよ!?二次創作界だけだろ。」

「違うな!ウチでは…この梟谷では、少なくとも一昨年から、伝統行事になってるぜ~!」
「お前が入学してからってことじゃねぇか!俺ら音駒は…今年から『鮭の日』を祝うぞ!」

大騒ぎしながら逃げ回るも、ハードな練習後。
木兎の無尽蔵な体力に敵うはずもなく、黒尾はあえなく捕獲…
腰にガッチリ脚を回して抱き着いた木兎を、落とさないようにしっかり抱えながらも、
棒状甘味を咥えた口からは、首をひねって必死に距離を取った。


「観念して、俺と可愛い♪ゲームしろっ!」
「『可愛い♪』で絶対に済まねぇ…大事故になりそうで怖ぇよっ!」

「それが、このゲーム…祭の醍醐味だろ?」

聞いて驚け!このホマレある伝統祭により…
梟谷学園バレー部ほぼ全員の『初チッス』の相手が、木兎光太郎様なんだぞ~♪
初チッスは、誰にとっても甘酸っぱい思ひ出。相手のことを、一生忘れないらしいな。
ってことは、大好きな俺の仲間達は、俺のことを一生大好きでいてくれるってことだろ?
俺、音駒のみんな…黒尾のことも、すっげー大好きだからさ、俺のこと覚えてて欲しいんだ!

「だから、俺と初チッス♪…しよ?」
「可愛く♪言っても駄目!安心しろ。木兎のことは絶対、忘れたくても忘れらんねぇから。」

「え?俺ってそんな…記憶に残る系のスター?実はキャラ濃い?参ったな~♪」
「そうだ。俺みてぇな地味キャラとは、存在感の次元が違う…お前のチッスは勿体ねぇよ。」

日本バレー界を背負って立つ、大エース。
輝かしい未来が確約された木兎光太郎様のチッスを、俺なんかが頂戴するわけにはいかねぇ。
お前に俺のショボい初チッスを捧げるなんて、恐れ多いにも程があるだろ?だから…

「腹黒でお先真っ暗な俺じゃなくて、その辺の未来ある『可愛い♪』奴らに…」
「あ、お前以外の音駒メンツからは、もうだいたい貰い終えた…他所ではやったぞ?」

「…は?」


木兎のトンデモ暴露に、黒尾が恐る恐る右後ろを振り返ると、
瞳を潤ませた『可愛い♪』奴らが、お前も逃げんなよ!と、鬼気迫る視線を寄越してきた。
どおりで、研磨が途中で急に腹壊した…危機を察してトイレに堂々と籠城し続けてるわけだ。

反対側の左後ろに目を向けると、梟谷の面々が一斉に視線を逸らせ、深々~っと頭を下げた。
成程…こうなることがわかっていたから、週の半ばにも関わらず、練習試合を組んだのか。
ネコとフクロウは一蓮托生。一緒に一生『木兎が初チッス』の思ひ出を語り継ごう、と。

   (そんな目で、見られると…)

流れ的に、俺も木兎に初チッスを捧げねぇと駄目な空気になってるし、
俺だけ(研磨は論外)逃げるのも、みんなに示しがつかねぇ…いやいや、違うだろ!
何となく雰囲気に流されかけたが、すぐさま脳に血液を回し、徹底回避の道を探る。


「おい木兎。ウチの『可愛い♪』下級生達に、強制してねぇだろうな?パワハラだぞ。」
「Kissぐらい、全然OKッスよ~♪って、年下のリエーフは快諾してくれたぞ。」

「おっ、同い年でも、嫌がったら強要罪…っ」
「どうせなら、ブチかましてこいよ…やっくんはそう言って、思いっきり3回も!男前~♪」

福永はネタになります~って微笑んでたし、海は悟りを開いて遠い目で拝んでくれたし、
山本と犬岡は…一生忘れませんっ!!って、泣いて喜んでくれたぞ~♪みんな、大好きだっ!

「ぅっ、ウチの奴らは…大物揃い、だな。」
「ちっせぇコト言ってんのは、お前だけ。」


クソ…っ、何なんだ、この敗北感はっ!
棒状甘味ゲーム如き…初チッス如きで足掻く俺の方が、往生際の悪ぃ奴みてぇじゃねぇか。
もっとこう、初チッスを大事に…甘酸っぱい思ひ出を、一生大切にしようぜ!なぁっ!?
伝統ある祭だからって、ナニをヤっても全然OKッスよ~♪…じゃ、ねぇだろうがっ!!!

「悪ぃ木兎。俺、実は…甘味、苦手なんだ。」
「そんなこともあろうかと、お前の大好きなイカソーメン…ほらっ♪」

「誰だよ、俺の極秘情報を教えたのはっ!?個人情報保護はどうなってんだっ!」
「誰にも教わってねぇよ。俺自身が、賢く学んだんだ…去年の失敗からな。」

あぁ、スミマセン木兎さん。
これは初チッスなんかより、はるかに重要な機密事項なんですが、俺…甘味、駄目なんです。
11月11日に因みつつ、大事故が起こりにくい…『鮭とば』等の珍味なら、マシでしたが。
木兎さん、良かったですね。俺みたいな地味でドス黒い策士に、唇を奪われなくて。
危うく、一生忘れられない…俺に損害を賠償し続ける人生になるとこでしたよ?

「ってなわけで、今年はちゃんと、棒状珍味も用意してたんだ。偉いだ…っ痛ぇぇーっ!!?
   なっっっ、何すんだよ、あかーっしっ!!」


学ぶべきとこは、ソッチじゃねぇだろ!と、俺がツッコミを入れる寸前、
木兎の真後ろから、強烈な『ドツッコミ』が炸裂した。

「オシオキには回し蹴り…一昨年から脈々と引き継がれる、音駒さんの伝統だそうですよ。」

ホンットーに、良かったですねぇ~木兎さん。
俺が一蓮托生な音駒さんの伝統をも、梟谷と同じぐらいリスペクトし、引き継いだおかげで、
来世生まれ変わっても忘れることなど赦されない大罪を、背負わずにすみましたから。

「俺には、ゴジョーダンもオタワムレも通じません…あ、これも、機密事項です。」

感情の消え失せた表情で、淡々と「ヒミツ…ですよ?」と『可愛く♪』言い放つ赤葦に、
木兎は掌で口を覆い、真っ青な顔でコクコク。ゼッタイ口外しませんっ!と誓いながら、
イカソーメンの袋を赤葦に献上し、俺の背後にそそくさと隠れた。


   (助かった…サンキュー、赤葦っ!)

片目をパチリと瞑り、謝意を伝える。
だが赤葦は、さっきまでとは打って変わった謝意…シャイな空気を醸しはじめ、
しどろもどろ、ぼそぼそもそもそ、小声の早口でぶっ放しはじめた。

「目前の危機は、脱しましたが…っ」

おっ、俺も黒尾さんと同じく、歳時記を愛し季節の行事を大事にするのが信条です。
しかしながら、悪しき伝統に思考停止して諾々と従うのは、先人達に対する冒涜ですし、
かといって、たった三年でも伝統となったものを易々と軽んじるのも、罪深いことです。

「この俺も、梟谷学園バレー部の伝統を、引き継ぐ身…」

こんな珍妙な伝統は、木兎さんが引退した時点で即刻廃止致しますが、今は未だ御存命。
今年で最後とはいえ、俺だけが…俺と、一蓮托生の黒尾さんだけが(孤爪は除外)逃げるのは、
やはり梟谷及び音駒双方にとって、スッキリしない結末だと…思いませんか?

「ですから、そのっ、祭の『後始末』を…っ」

   (そういう、こと…か。それなら…)


赤葦なりの『ケジメの付け方』を察した俺は、覚悟を決めて大きく深呼吸…
体育館中に響き渡る大声で、きっぱりはっきりゆっくりと宣言した。

「『11月11日に初チッスを捧げる』という、ネコ&フクロウの伝統…この珍味で、終いだ。」

どんなものであれ、伝統を終わらせるというのは、こんなにも震えが走るのか。
先人達が守り通してきたものを、自らの手で断つ重み…顔が熱くなってくる。

   (の、脳に、血液…今は、回しすぎんなっ!)

ぷるぷると震える手で、どうにかこうにか珍味の袋を開けた赤葦は、
真っ赤に染まった頬を隠すように俯きながら、おずおずと俺に袋を差し出した。

   (ちょっ、待て!ココで可愛く♪なるのは…)

何とかイカソーメンを一本引き抜き、熱を発する唇に咥え…って、待て待て待て~ぃ!
硬い棒状というより、柔らけぇ紐状だから、ふにゃ~っと垂れ下がって…っ!!?

   (これじゃぁ、大事故♪確定コース…っ!!)


「あー、もうっ…さっさとブチかませよっ!」
「ったく世話がやける…くらえ、音駒伝統!」

「ぅぉわぁ、っーーー!!!?」
「っ!?ーーーっっっ!!!?」


痺れを切らした周りからのGo!サインに、真後ろの木兎が回し蹴りで応え、
俺と赤葦は、無事に伝統を引き継…一生忘れられない『思ひ出』を捧げ合った。




- 終 -




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2021/11/11   

 

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