年年恋枕







「便利な世の中になったよな~」
「えぇ。本当に助かりますね。」


庶民の味方・100円ショップ。
日常生活に必要なありとあらゆるものが、大体100円(税抜)で売られているワンダーランド。

学生時代までは、お菓子ぐらいしか買うことがなかったけれど、
『消耗品』という枠内に収まるものなら、食器から工具まであらかた揃うことに気付き、
実家を出て家庭を持ってからは、二人でお散歩がてら、週イチで立ち寄るようになっていた。

「ラチェットドライバーに、ルーター…ついつい欲しくなってしまいますね。」
「これで何を作って遊ぼうか…考えながら眺めるだけでも、楽しいんだよな!」

今まで、そんな趣味はなかったはずなのに。
ふと目が留まったモノを、興味半分で購入し、試しに遊んでみて…ハマる。
日用品の購入だけでなく、新しい世界を二人で発見できるなんて、価格以上の価値がある。


「ちょっとこれ…見てみろよ!凄くねぇか?」
「レンジでパスタ…?科学技術の極みです!」

昨日お店で発見したのは、かなり横長なプラスチック製のタッパーだった。
中にパスタの乾麺とお水を入れ、レンジでチンするだけで、麺が茹で上がるらしい。
大量のお湯を沸かさなくていいし、蓋で水切りもできる作りになっている、スグレモノだ。

俺達はお互いに、一緒に暮らしはじめてから、家事をするようになったこともあり、
不慣れ極まりない『家庭運営』を助けてくれる便利グッズの賢さに、ただただ平伏すばかり。
この発想と技術力を、たった100円で手にしていいのだろうか!?と思いつつも、
ワクワクしながら買って帰り…パスタを買い忘れたことに、自宅で気付いた。


「俺としたことが…痛恨のミスです。今から、買いに戻ってきますね。」
「待て。いつもの蕎麦ならある…同じ理屈で茹でられるんじゃねぇか?」

「蓋に彫られた取説によりますと…正規の茹で時間に、プラス4分してチンだそうです。」
「よし、早速チャレンジするぞ!各々、持ち場にスタンバイ…レンチン蕎麦作戦、始動!」

ラジャー!と敬礼し、レンジ前に整列。
えーっと、600Wで、12+4=16分?何だ、結構時間かかるのか。
お湯沸かすのと、実は大して変わらない…いやいや、それを言うのはヤボだろう。
今はそう、全力でレンチン蕎麦作戦の成功を二人で見届けることが、最重要任務だ。


「1分経過。見た目の変化はありません。」
「まだたった1分だろ。焦りは禁物だぞ。」

我が家の電子レンジとトースターは、別々のメーカーだが、同じカラーリングをしている。
名前と御贔屓(出身)チームから、どうしても目にとまってしまう…赤と黒。
二人の『共有物』だけでなく、それぞれの『所有物』も、ウチは概ねその二色が定番だ。

「3分経過…未だ変化の兆しもありません。」
「俺もほんのちょっと…不安になってきた。」

「3年間、変化の『兆し』が見えなかった…」
「どこぞの『黒と赤』に、似てる…ってか?」

「黒尾さん。ちょっと揺らいできましたよ。」
「蕎麦の話か?それとも、傍にいる赤葦が?」

「煮え切らなかったのは…お互い様でしょ?」
「…お、だいぶ揺らいできた!残り9分だ。」


赤い枠に囲まれた、黒いガラス。
黒赤レンジの中を二人並んで覗き込みながら、他愛ないおしゃべりをのんびり楽しむ。
クスクス笑った黒尾さんの肩が揺れ、Tシャツの袖が、俺の頬をさわさわ。
そのくすぐったさを堪えるように、二の腕にぴとり…おでこをつけて、動きを止める。

「いいカンジ、ですか?」
「すこぶる良好、だよ。」

それは傍にいること?蕎麦が煮えること?どちらでも構わないし、どちらも構って欲しい。
それを伝えるべく、おでこを腕にスリスリすると、反対側の手が手を捕まえて…ニギニギ。

「あと、まだ7分もあるな。というよりは…」
「もう、あと7分しかない。そう感じます…」

徐々に温度が上がるタッパーの中で、ゆらゆらと絡み始めた、俺達のお昼ご飯。
それを観察してたはずなのに、いつしか焦点は黒いガラス面に移り、そこで視線が絡み合う。

「なんか、俺も一緒に…じんわりしてきた。」
「同じく…あったまってきた、みたいです。」

   二人で日用品を買ってきただけ、なのに。
   二人でレンジを観察してるだけ、なのに。
   どうしてこんなに、じわじわ温かいのか。


黒尾さんの肩を枕にして、頭を全部預ける。
蕎麦に負けじと、腕から指先までしっかり絡めて…
そんな自分達の姿を黒ガラス越しに観察してしまい、頬が赤く染まっていく。

「あー、なんつーか、その…凄ぇ、幸せだ。」
「蕎麦より先に、茹ってしまいそう…です。」

熱を放ち始めた蕎麦と、自分達から目を逸らすかのように、そっと目を閉じて…合図を送る。
ほどなく頬から肩枕が離れ、その代わりに茹った頬が、ぴとり…俺の唇を枕にする。

じわり、じわり。そろり、そろり。まるで、レンジでチンみたいに。
内部から熱を徐々に高めるために、頬を揺らしながら動かし…唇と唇を合わせていく。


黒と赤に彩られた、二人の家で。
ほんの小さなことに悦び、共に愉しむ幸せを噛み締めながら、静かにキスを重ね続ける。
きっと、こういう『なんでもない生活』の中でこそ、愛は生き活きと育まれていくのだろう。

「あと、何分ぐらい…こうしていられる?」
「あと、何年だって…こうしていましょ?」

レンチンするように、恋して枕をあたためて。
年を重ねるごとに、じわじわ熱を上げていく。
そんな二人の他愛ない日常が、この先もずっと続きますように…


「うぉっ!茹で過ぎた…伸びきってるぞっ!」
「あぁっ!おつゆ作るの…忘れてましたっ!」

「のびのびでも…ま、いいか!」
「それもまた良し…ですよね!」




- 終 -




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※お蕎麦は『プラス4分』だと長過ぎました。

「そもそも原材料が違う…内部の水分量も当然な。」
「蕎麦の最適時間を探究…新たなテーマ発見です。」


2021/05/27

 

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