「おぉっ!?めずらしいな〜っ!」
お前のおやつが、梅おにぎりじゃなくて、まさかの甘いドーナツ!?
これ、マジでヤベェやつだ…テンペンチイのマエブレだろ、絶対!
「とりあえず…ゴメンなさいっ!」
何に対する『先制ゴメンなさい』だか、心当たりがあり過ぎるけれど、
波が引くように俺から距離を取った先輩方をスルーし、黙々と駅方向へ歩を進めた。
(マジでヤベェやつ…えぇ、その通りです。)
梅おにぎり最愛かつ、甘いもの苦手な俺が、重機用タイヤ型ドーナツを無性に食べたくなる…
これは、俺の疲れがピークに達し、限界ギリギリまできてしまった『サイン』だ。
このサイン、昔からあったわけじゃない。
つい最近…ほんの一年ぐらい前から、いつの間にかサインになっていたものだ。
きっかけは、そう…
『よっ!随分とお疲れみてぇだな〜?』
梟谷グループの合同合宿。
厳しい練習と過重雑務に耐えかねた俺は、真夜中にコッソリ寝所を抜け出し、体育館裏へ。
そこでバッタリ、あの人と出会った。
『別に…ただ、寝付きが悪いだけで…』
『大好物の梅おにぎりも食えねぇのに、か?』
『今は、お腹空いてない、ので…』
『晩飯も、かなり残してただろ?』
ほら、これ…お前にひとつ、やるよ。
ものすげぇ甘いが、疲れが溜まり過ぎて食欲がねぇ時に食うと、何故か緩む?和む?んだよ。
馬車馬のように働き詰めな、今の赤葦には…やけに美味く感じると思うぜ?
『馬車馬どころか、今後も大車輪の活躍を!という…輪をかけて腹黒い叱咤激励、ですか?』
『違ぇよ。お疲れさんなタイヤーのお前にぴったりだろ?っていう…ただの駄洒落、だよ。』
『しょーもないネタ…詰めが甘いですね。』
『こう見えて、俺の脳も…疲れてんだよ。』
俺もお前も、似たタイプ…甘いもんが苦手で、『辛い』を出せねぇ気質なんだろうな。
誰かに甘えたり、辛さを曝け出せればいいが、そう簡単にできるもんじゃねぇよな。
だから、せめて誰も居ない所で、コッソリと『辛い』を吐き出して、
自分を甘やかす時間を作るために…あえて甘いもんを食べるんだよ。
自分が疲れていることを自覚することこそが、『緩和』の第一歩だからな?
赤葦が頑張ってること…皆、知ってる。
たまに息抜きしても、誰も怒らねぇよ。
辛い時には、甘いもん…頂いとこうぜ。
『何なら俺が、お前に食わせてやろうか?』
『できるものなら、やってみて下さいよ。』
『…調子乗って、悪かった。』
『いえ。ご苦労さま…ご馳走さまでした。』
(…ふふっ。)
この疲れきった合宿の夜以降、俺はタイヤーな時にタイヤなドーナツを無性に頂きたくなり、
ものすげぇ甘いなぁ~と呟いた、あの人の苦笑いを思い出し…自然と頬を緩めている。
(本当に、どうしょうもない話ですよね。)
チームは違えど、似たような状況にある、『ごくろおさま』な…あの人。
俺以上に『辛い』を出せず、誰もが寝入ったあんな時間に、誰も居ないあんな場所で、
独りコッソリ、苦手な甘いものにまで縋ろうとしていた…
(本当に不器用な…頑張り屋さん。)
「あっ、おい!赤葦、どこ行くんだっ!?」
いつの間にか駆け出し、駅の改札を通り抜けていた俺に、先輩方が驚きの声を上げ…
その声で、俺は自分が何をしようとしているのかを、はっきり自覚した。
「甘いもん…食べさせて来ます!」
きっと…いや、間違いなく。
あの人も今、俺と同じように…『甘いもん』を欲しているはずだから。
何故かふたつも買っていた、甘いタイヤのひとつを…似たもの同士の、あの人に。
「あかーしっ!!!ちょい待ったぁぁぁっ!」
ホームに降りる寸前、大声で呼ばれた。
慌てて振り返ると、改札外から先輩方が大きく手を振っていた。
「さっきの、言い間違え!」
「ゴメンなさい、じゃなくて…」
たまには、お前も甘えて…
同じぐらい頑張り屋のアイツも
いっぱい甘やかしてやってくれよな!
「いつもありがとっ!赤葦…と、黒尾もな!」
- 終 -
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2021/02/25