一酔来福







   はじめましてっ!黒尾鉄朗と、申しますっ!
   あか…あ、えーっと、けっ京治…君?とは、
   なっ、仲良く…させて、頂いておりますっ!



「そう言えば…ごっ、御両親は、お元気か?」
「お陰様で…今日も、おデートだそうですっ」

梟谷グループの合同合宿後、各々のチームの引率や雑務を終えた後、こっそり…待ち合わせ。
昨日今日と連続の休日出勤だったし、御役御免となった後ぐらいならば、
所属チームに関係なく、個人的に自由な時間を満喫したっていいはず…
要するに、極秘交際中の俺達に許された、ごくごく僅かな『逢引』タイムだ。

この時間が、ずっとずっと待ち遠しくて。
もう、これだけのために、キッツイ日々の諸々や、合同合宿の超過業務に耐えてきた。
極めて貴重な二人きりの時間を、できるだけ密度の濃いステキなものにすべく、
「合宿後に打ち上げ…晩御飯いらないから。」「なら、僕達も…久々にディナーしよっか♪」
…と、万年新婚両親が気兼ねなくおデートに行けるよう、デキる息子は気を効かせておいた。

そんなデキる息子の恋人も、未だ会ったことのない両親の息災を尋ねてくれる、デキる人。
俺の答えに、「相変わらず仲良しで…羨ましい限りだっ」と、安堵と共に生唾を飲み込んだ。

「両親不在が嬉しそうですね…このスケベ。」
「お互い様。赤葦も大概…ムッツリだよな。」

暴走寸前に逸る期待と、どうやっても緩んでしまう口元を抑えるように、
仕事絡みの話題を徹底的に避け、しょーもないお喋りや、どーでもいい雑学で笑いながら、
自宅への帰路を、できるだけのんびりを装いつつ…息が上がるペースで駆け抜けた。



「ぁっ…!!?」
「あらあら、お帰りなさい♪早かったのね~」
「あれ?友達と一緒かな?いらっしゃ~い♪」
「っ!!あ、こっ、こんばんわっ!!!」

自宅の100m以上手前から、ポケットの中で鍵を握り締め、
飛び付くように玄関扉へ手を伸ばそうとした瞬間、その扉が内側から開いた。
どうやら、忘れ物を取りに戻ったらしい両親と、まさかの…バッタリ。
あまりのビックリに、「ただいま」も「いってらっしゃい」も、フォローも言い訳もできず、
咄嗟に背に隠すも…時、既に遅し。両親はあっという間に、黒尾さんを取り囲んでいた。

「ヤだっ、おおおっお父さんどうしましょっ…京治が、イケメン連れてきちゃったっ!!?」
「おおおっ、お母さん落ち着いて!けけけっ京治も、こういうのは…先に言っといてよっ!」

何故か俺以上に慌てふためく、両親達。
三人のワタワタが伝染したのか、黒尾さんも一緒になって焦り始め、
ガチガチの腰を直角に折り曲げると、完全に裏返った声で…両親に『御挨拶』した。


   はじめましてっ!黒尾鉄朗と、申しますっ!
   あか…あ、えーっと、けっ京治…君?とは、
   なっ、仲良く…させて、頂いておりますっ!

ビシっ!!っという音が聞こえそうな程、折り目正しい超体育会系の御辞儀&自己紹介。
それを聞いた瞬間、両親はキョトン…そして、俺はボンっ!!と、全身から発火した。

   (えっ、今の…ちょっ、待っ…っっっ!!?)

突然のソレに、俺は完全にオーバーヒート。
そんな俺の変化に、両親達が気付かないわけもなく…
全てを悟りきったキラキラな笑顔で、俺と黒尾さんを玄関に押し込むと、
息子達の肩をポンポンと叩きまくりながらゲキを飛ばし、外から鍵を閉めて走り去った。

「私達、今夜は…お泊りしてくるわ〜っ♪」
「どうぞごゆっくり…オヤスミなさいっ♪」



「なぁ赤葦。もしかして、全部バレた…か?」

御辞儀したままの額から、いろんな意味と温度の汗を垂らし、黒尾さんは声を震わせた。
だが、ソッチは実にどうでもいい細事…俺にとって大事なのは、どう考えてもコッチの方だ。

「さっきの、もう一回っ…お願い、しますっ」

熱に煽られ、か細く震えて掠れる声。
らしくない俺の呟きに、黒尾さんは驚いてガバっ!と顔を上げ、
逆に俺は、黒尾さんと顔を合わせないように、逞しい二の腕に額をつけて俯いた。


   恥ずかしいので、どうか…お察し下さい。

言葉に出す代わりに、額を腕にスリスリ。なけなしの勇気を振り絞って、懇願する。
賢く優しい俺のデキる恋人は、わかったよ…と返事する代わりに、髪をナデナデしてくれた。

そして、意を決したように大きく息を吸い込むと、あ〜、ぁ〜…と、何度か発声練習。
それから、俺の頭をグッと抱き寄せてから、耳元にそっと囁いた。

   そう遠くないうちに、
   今度は御両親にアポを取ってから…
   もう一回、きちんと改めて、
   『御挨拶』にお伺いすると…約束する。


「…は?」
「…え?」

「何のこと…ですか?」
「何だその反応は…っ」

「俺はただ、もう一回、なっ、名前を…」
「んなっ!?まさかのソレ、かよ…っ!」

俺のキョトン?に対し、黒尾さんがボンっ!と暴発。
俺を引き離すと、頭を抱えてその場に蹲り、うわーっ!うわぁぁぁぁ〜っ!と喚き始めた。

「『もう一回』って、『御挨拶』に来い…じゃなかったのか!?俺の、早とちりかよっ!?」
「えぇぇぇぇ〜っ!?そっ、それは、早すぎ…でもないですけど、こここっ心の準備がっ!」

いやいやいや、待って待って待って…っ!
こっ、この人、さっきから俺を、『喜ばせ死』させようとしてるんだろうか!?
察するに余りありすぎて、世界一デキすぎる俺の恋人…もっと貴方に酔って溺れろとでも!?

『嬉しすぎ死』寸前で、俺もヘロヘロと玄関に崩れ落ち…
死なば諸共!と、小刻みに揺れる真っ赤なジャージの裾を、命綱の如く握り締めた。


   それは、せめて、お互いのことを、
   名前で呼び合えるようになってから…
   赤葦家と…黒尾家の、両方に…っ

「一緒にいきましょう!てっ、鉄朗さん…っ」
「っ!?あぁ!近々もう二回…だな、京治っ」




- 終 -




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2021/01/09 

 

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