指五本絡







「では、これを猫又監督へ…お願いします。」
「あぁ。それじゃあ、また…おつかれさん。」


梟谷と音駒だけの、練習試合。
仲の良い二校は、大騒ぎしながら片付けや着替えも全て一緒に行い、揃って撤収。
全員でゾ〜ロゾ〜ロ…お喋りに興じつつ、の〜んびり校門に向かって歩いていた。

その最後尾で、二校のまとめ役たる黒尾と赤葦は、来週末の合同合宿に関する連絡や、
両監督から仰せつかった書類の受渡等、やや歩を緩めながら各種事務をこなし、
もうすぐそれらが、全部終わってしまう…と、お互い上の空で茜色を背負っていた。

「あとは、えーっと…元気そうで何よりだ。」
「あっ、はい。その…お久しぶり、ですね。」


今のが、さっきまでの業務連絡を除き、黒尾さんと私的にやりとりした…三週間ぶりの会話。
最後に声を聞いた三週間前の会話は、電話。漫画喫茶でおデートした、翌日の夕方。
突然送られてきた、異常に仲良しな御猫様方のモフモフ抱っこ写真に、体温が急降下する中、
慌ただしくかかってきた…『さっきのは気にすんな!ただのイタズラだからな!』だった。

我ながら冷え冷えとした『あぁそうですか。他に御用件は?』に、戻ってきた返答は、
『あのさ、これから…いや、やっぱ、何でもない!じゃぁ、また近いうちになっ!』で終了。
けれども、その『近いうち』が来ることはないまま、多忙な日々が続き…今に至る。

勿論、毎朝晩の定期連絡…メッセージ(定型文)のやりとりは、滞りなく送り合っている。
ただ、それ以上のものも、それ以下のものもない。ようするに…通常通りだ。
『あのさ、これから…』の後、黒尾さんが言いかけたことが気になりつつも、
これが、俺達の『普通』だと言い聞かせ、こちらからも改めて聞く勇気もなく、ズルズル。

   (このままじゃ、ダメなんだろうけど…)


最初の一週間は、敬愛してやまない先輩方から頂いたお写真をじっくり眺めて、大満足。
極秘アルバムも作り終え、黒尾さん不足に陥りかけていた二週間目、新たなお写真到着…
音駒の海さん→鷲尾さん経由で贈られてきた、秘蔵のニャンニャン写真に、最初は大歓喜。

だが、俺の知らないデレニャンコな平面的静止画を、いくつも見せつけられているうちに、
それに反比例するかのように、俺の御機嫌は斜めに捻じれ…見れば見るほど黒尾さん欠乏症。

   (俺以外とは、こんなにリラックス…か。)

誰かから間接的に見せられたものではなく、自分の目で直接、立体的動画を…ナマで見たい。
だけど、間接的に聞こえてくる忙殺音に、逢うどころか電話することもできなかった。
嫉妬やら羨望やら、やるせなさやら。欝々としたものだけが音もなく降り積もり、
でもそれを自分から打破しようともせず…三週間も経過してしまった。

最初から、こうなるだろうことはお互いに予測していたし、承知の上で始めたお付き合いだ。
だから、仕方ないとはわかっているけれど…心の隅々まで納得しているとは言い難かった。

   (じきに、限界…だろうな。)


今日の練習試合開始前。
体育館に入ってきた、音駒さんの面々…その姿を、俺は直視できなかった。
本当は、一秒でも長くその姿を視界に収め、一挙手一投足を記憶に留めておきたいけれど、
今それをしてしまうと、自分の中の『箍』が外れてしまいそうで…怖かった。

   (今は、試合。これは、仕事だ。)

強引に意識を『仕事モード』に切り替え、ひたすら坦々と自らの公的役割に徹してようやく、
『対戦相手・音駒の1コマ』と脳に認知させ…その姿を見ることができるようになった。
試合後は『あちら様の事務方窓口』…夕陽に伸びる足元の影だけを、俺は凝視し続けていた。


   (マズい。業務連絡が、終わった…)

この体育館の角を曲がったら、すぐに校門。
駅までお送りするにしても、門を出たら仕事モードは解除。送らない場合は、そこでお別れ。
モード解除すると、何もかも耐えられなくなるのは、目に見えている。それなら、やはり…

   (間接的かつ平面的動画…影だけで、我慢。)

影だけ見れば、二人は仲良く寄り添い…同じ歩幅、同じペースで、同じ道を共に進んでいる。
まるで、おデートしてるみたい…ダメだ、俺に都合良過ぎる考えは、もっと苦しくなるだけ。


「………。」
「………。」

会話が、止まった。
黒尾さんの声を聞かなくてすむのは、外面的には『助かる』はずなのに、
訪れた沈黙に、内面的には追い詰められ…箍がガタガタ震える音が聞こえてきそうだった。

   (この角を、曲がったら…っ)

先頭集団は、既に校門目前。
お~い!!このあと皆で肉まん買って、公園で食べようぜ~!!と言う雄叫びが響いてきた。
今は横並びの二人の影が、角を曲がると重なり合ってしまう様を見たくなかった俺は、
早く来いよ~!の声に呼応するように…黒尾さんの横から逃げるように、走り出そうとした。


「………っ」
「っ!!?」

先に大きく一歩踏み出し、角を曲がる…その直前。
全く予期せぬ強烈な力で横から引かれ、用具倉庫と植栽の間に引き摺り込まれていた。

驚きの声を上げる間もなく、捕まれた腕を壁に付け、五指を絡め壁に縫い留められてしまい…
背に当たる冷たい壁…いや、背は温かい腕に支えられ、目の前にも視界を閉ざす温かい…壁。

「くっ、くろお、さん…っ!!?」
「五秒だけ…充電、させてくれ。」


突然の、強引だけど優しい…壁ドンと、抱擁。
痛い程にしっかり絡めた五指とは裏腹に、背に当てられた手は、ふんわり…トントン。
五指、四指、三指、二指…背を叩く指を一本ずつ減らしながら、五秒をカウント。

「---っ!!」
「………。。。」

その弱々しくも切ない動作に、息が詰まる。
息をしてしまえば、何もかも溢れてしまいそうだったから…お互い、呼吸を止めたまま。
だが、減りゆく指先の微かな感覚は、俺の箍を打ち砕くには、十分すぎる強さを持っていた。

   (もう、無理…なるように、なれっ!)

最後の一本が背を叩き終えると同時に、俺を抱き締めていた目の前の壁が静かに離れ、
五指をしっかり絡めて、背の壁に固定されていた手も、一本ずつ解け始めた…が、
俺は逆に固く固く結び直し、その手を強く引き寄せながら、一緒に植栽の影から飛び出した。


「音駒さんっ!!大変申し訳ありませんが、
   五分だけ俺に黒尾さんを…貸して下さい!」

   贅沢な『wish』だって、わかっている。
   でも、たった五秒じゃ…全然足りない。
   せめて、あと五分…充電させて欲しい。

五分後、いつものコンビニで合流し、公園で皆さんと一緒におにぎり&味噌汁缶を頂きます!
それから、ちゃんと残業をこなして、明日からもいつも通りお仕事頑張りますから…どうか!

「ワガママを、どうか許して下さい…っ」


しん…と、宵闇と沈黙が包み込む中、黒尾さんの手を握ったまま深々と頭を下げていると、
同じ角度で腰を折る影が、俺の影にぴったり重なった。

「俺からも、お願いします…梟谷さん。」

真横から聞こえてきた力強い声と、それ以上に強く握り返された五指の熱に、視界が滲む。
ギュっと目を閉じ、歯を食いしばって溢れるものを耐えていると、静かな言葉が返って来た。


「ねぇ。アンタらって…」
「おバカさん…だよな。」

「…は?」
「…え?」

呆れ返った声と、盛大な溜息。
驚いて顔を上げると、言葉や仕種には似つかわしくない、柔らかい…笑顔笑顔、笑顔。

「たった五分で、一体…何ができるんだよ。」
「そんなの、余計に…ツラいだけだろうが。」
「つーか、ナニができるか…妄想させんな!」
「その生真面目さが、逆にヤらしいんだよ!」

全員くるり…俺達に背を向けると、大きく五指を広げた手を藍色の空に掲げ、ひらひら…
ポカンと戸惑う俺達を置いて、ゆっくり校門から出て行った。

「充電は、最低でも…五時間は必要、だろ?」
「明日の部活は、猫も梟も午後からだから…」
「それまで御自由に…ゴロゴロニャニャン♪」
「んじゃ、どうぞごゆっくり…バイバ〜イ♪」


『五』指で様々な『ご』がつく言葉と、『ごくろうさま』の心遣い、
そして『Go!』というエールをくれた仲間達に、俺達はもう一度頭を下げてから、
皆が向かったのとは反対方向…俺の自宅へ、五指をしっかり絡めて駆け出した。




- 終 -




**************************************************



2020/11/26 

 

NOVELS