年年湧惑







「はぁ~、みんな、がんばってんな…」
「宇内さんも、頑張って下さい。」


俺の担当編集者は、容赦のカケラもない。
編集者ってのは、ありとあらゆる手を使って、担当する作家のモチベーションをテンアゲし、
乾いたボロ雑巾が塵芥になるぐらい絞り、作品を何とか生み出させるイキモノ…のはずだろ?

「頑張れって、カンタンには言うけどさ…」
「煩いです。試合に集中できません。」

連載打ち切りが決定しているとはいえ、まだド修羅場の真っ只中にいる作家を捕獲し、
「ヤる気を出させればいいんですよね?」と、引き摺り出された先は…後輩達の試合。
実際のところ俺も生で観戦したかったし、どんな理由でもいいから脱缶詰が叶うなら…と、
三徹明けで日光に溶けそうになりながら、何とか這い出して来たというのに…


「もうちょっと、作家を大事にしても…」
「おにぎり、いらないなら下さい。」

というより、いつまでグダグダ言ってんです?折角経費で観戦チケットを取って差し上げ、
オブラートすら入る隙間のないスケジュールをこじ開け、わざわざお連れしたんですよ?

「次に木兎さんが叫ぶまでに、気分を切り替えて下さい…あ、あと5秒後です。」
「無理言うなって!鬼かお前はっ!!」

「最大級の褒め言葉です。ぜひとも鬼編集リコール請求をして…文芸に栄転させて下さい。」
「あ~~~っ!マジ腹立つ~~~っ!!」


きっちり5秒後、爽快感たっぷりな木兎の雄叫び…それに対し、「あはは。」と微笑む赤葦。
その腹黒くて全っっっ然、肚ん中では笑ってねぇ笑顔、一体誰に教わった…

   (…あ、そっか♪)

俺は鬼編集の弱点…『気分転換』のネタを見つけ、カウンターに撃って出ることにした。


「まだ文芸に行くの、諦めてないんだ。」
「当然です。『名探偵の助手』になることが…俺の壮大な夢ですから。」

高校時代に猛獣使いもとい『参謀』を粛々と務めていたのも、全ては助手の予行演習のため。
愛してやまないミステリ…推理作家先生つまり名探偵の右腕になりたいという一心からです。
性格的には、後ろを向きながら真正面ド真ん中をぶち抜いてやりたい気質なのに、
わざわざお膳立て専門のセッターを選び、サポート役に徹したのも全部…夢のためです。

「わっ、ワトソン君志望、だったのか…?」
「全然違いますよ。出直して来て下さい。」

とにかく俺は、一刻も早く少年誌を抜け出して文芸に行きたいんです。
そのためには、クソつまんねぇ連載の担当なんて、早々に打ち切って自由になりたい…
最終話の脱稿を、今や遅しと待ち構えているんですよ。さっさと描いて下さいお願いします。

「まさかお前、文芸に行くために、わざと俺の漫画を…」
「まさかまさか。俺が手を下すまでもなく、読者様アンケートが裁定を下しましたよね?」

「っっっ!!?た、頼むから、もうちょっと…オブラートに包めよっ!」
「そんなものが入る隙間なんてないと、先程申し上げました。」

まぁ、いくら俺が『高性能鬼編集AI』と称賛され、将来有望(そして文芸へ)な若手ホープで、
初めての担当作家が、『大ハズレ』だったとしても…今のままでは『栄転』とは言えません。
ですから、俺が名探偵の助手になるためのハナムケに、次こそ面白い漫画を描いて下さい。

「今、貴方の目には、胸躍る光景が…ワクワクを刺激される姿が、映ってませんか?」

さぁ、しっかり目を開けて…
目の前に映るリアルなワクワクを、貴方の視点から描いてみませんか?
自分でネタを練れないなら、身近なものをネタに実録漫画を描くのが、手っ取り早いでしょ?


「俺の、目の前の、ワクワク…」

目の前の鬼編集は、ふふふ…と満面の笑みを湛えながら、『頂』に向けて大きく腕を広げた。
そこには、自らの『頂』に向かって精一杯飛び上がり、翔こうとしている…

   (俺の、次回作は…目の前のワクワク!)


「赤葦…ありがとな。」

俺のために…いや、九分九厘ぐらいお前自身のために、ワクワクを見せてくれて。
俺の目に映った『身近なもの』を題材に、俺も精一杯…ワクワクを描いていくよ。

「新進気鋭のミステリ作家・黒尾鉄朗と、担当編集者・赤葦京治が織りなすワクワク☆物語…
  『実録☆俺の担当が寝かせてくれません』シリーズを、BL誌に転籍して描くことにする!」

「んなっっっ…!?」


狙いすました俺のカウンターに、赤葦は盛大に吹き出し、真っ赤な顔でアタフタ…
初めて見たワクワクならぬワタワタに、俺は鬼担当直伝の追撃を仕掛けた。

「赤葦京治(本当は文芸希望だったのに)…」

文芸っていうか、『黒猫名探偵』シリーズの作家大先生の、専属担当になりたいんだよな~?
公私共に『助手』になりたい一心で、大先生が所属する大手出版社に追っかけ入社し、
毎日欠かさず、日報と『転籍届』を出し続けている…鬼(可愛い)編集サン!

「黒猫先生、元気してるか?試合…観に来てないみたいだけど。」
「あっ、貴方と違って、超絶多忙…ウチで缶詰しつつ、ばばっ晩御飯の準備してますよっ!」

「そっか~!だから『日帰り』取材出張か~!お土産は…『おかず♪』だろ?」
「そっ、そうです!俺こそがメインのおかず…じゃなくて、牛タン買って帰る約束ですっ!」

やや涙目でヤケクソに暴露する、鬼編集の可愛らしいワタワタに、俺はスッキリ爽快…
気分をスっと入れ替え、目の前に映るもう一つのワクワクの方に、全神経を集中させた。


「『元・小さな巨人』から見た、『新・小さな巨人』達の物語…か。」
「貴方が描く、その青春物語なら…俺も、見てみたいですよ。」




- 終 -




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2020/05/22  (2020/05/15分 MEMO小咄移設)  

 

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