※CM前のヒトコマより。



    愛猫思越







音駒と梟谷、二校だけの練習試合。
5セットやって、結果は1-4。猫はしぶとく喰らい付くも、梟はひらりと躱していく…
そんな『あともうちょっと』という、『いつも通り』の展開が続いて、いつの間にか終了。

片付け後、黒尾は解散の指示を出してから、人の気配のない体育館裏へ独りで向かった。
壁に背を預け、コンクリートに脚を投げ出し、ドリンクを傾けて…そのまま空を見上げる。

「なかなか…届かねぇ、な。」

ぽそりと零れ落ちる、ため息と本音。
それが漏れてきたことに黒尾自身が驚き、慌ててタオルで汗を拭い、綻んだものを繕った。
誰も居ない、誰にも聞かれない場所でよかったが、静けさのせいで…自分にはよく聞こえた。

誤魔化しの効かない自分の『声』を振り払うように、黒尾は暮れ始めた空に手を伸ばし、
さっきよりも幾分か小さな声で、虚空に向かって『言い訳』をした。

「微妙に遠い…からな。」

どんなに努力しても、必死に求め続けても、この手に掴めないものがある。
それが、はるか遠い空の彼方にあるのならば、諦めがつくというのに。
もうちょっとで掠めそうなぐらいが、一番悔しくて…自分の無力さを最も大きく感じるのだ。

「俺じゃ、駄目な…」


様々な色が交じり合った空に、自分の弱い部分も混ぜ込み、宵闇へと隠してもらおうか。
そんな淡い想いが、緩んだ口から漏れかけた…瞬間、『強い声』に全て掻き消された。

「くーーーろーーーおぉぉぉぉぉーーっっ!!はっけーーーーんっ!!!」
「コッソリとお休みの所、木兎さんがうるさくお邪魔して、大変申し訳ありません。」
「独りでサボりとか…いい度胸してるね。」

何故だかここを嗅ぎつけ、ぞろぞろとやってきた木兎と赤葦、そして研磨の三人。
まずは内心の動揺を隠すべく、黒尾は空を見上げたまま「おつかれさん」とだけ生返事した。


「なんだなんだ~?珍しくタソガレちゃって…アオハルか?いや、お前なら…クロハルか!」
「木兎さん。青春は『青根(青山?青木?)さんの春』ではありません。」
「黒い春って、全然春らしくないけど…なんかクロっぽいよね。」
「それだと、赤葦の春は赤春…妙に色っぽく聞こえるよな!!!」
「俺に限った話ではなく、お色味のある名前の方々全員が、色っぽい存在になります。」
「じゃ、リエーフは灰春…色味は少ないけど、撒いたら桜の花を咲かせそうだね。」

周りに集まって来た『いつも通り』の声に、黒尾はそっと奥歯に力を入れた。
迂闊に自分の『声』を漏らしてしまわぬよう…聡い彼らに、聞かれてしまわぬように。

   (今、一番…会いたくなかった奴らだ。)


だが、そんな黒尾の願いも虚しく、自分にとって『特別な』場所に居る彼らは、易々と…
容赦なく黒尾の弱い部分を見通し、声を大にして黒尾の面前に突き付けてきた。

「いつまでもボケ~っと空なんか眺めてても、俺にはぜーーーったい、届かねぇぞ!!!」

黒尾がどんなに高く飛んでも、どんなに手を伸ばしても、どんなに分厚い壁を作っても…
エースたる俺は、掴まってやらねぇ…お前の上からキメてやるし、壁をぶち抜いてやるから!
俺は空を飛ぶフクロウに見えるけど、違う!俺はさらにその上…空の上の上で光る…星だっ!

「木兎さん、梟やめるの?やっぱり留年…じゃなかった、引退?それとも、お星様になる?」
「そこまで遠くにイっちまった方の星じゃねぇっつーの!カッコ良く光輝くスターだよっ!」
「それに木兎さん。光に唯一勝てるのは、闇…つまり、黒尾さんってことになりませんか?」
「おいっ!!無気力生意気セッターズ…俺の援護しろよ!俺を泣かしてどうすんだよぉぉ~」

エースのキメ台詞をぶち抜いたのは、研磨と赤葦…木兎は涙目で黒尾の腕にしがみ付いた。
黒尾は空いた方の手で木兎をヨシヨシ撫でてやると、研磨が呆れ返った声を出した。


「ブロッカーとして、エースの木兎さんに届かない…そういう話じゃないよね。」

クロが欝々としてんのは、ミクロで個人的なコトというよりは、マクロで全体的なモノ。
クロが背負ってるアレコレの重さを感じて、高く飛べない…ムクロになりかけてるんだよ。

「自惚れるのも、たいがいにしてよね。」

かたや、昨年も春高出場。東京を代表するバレー名門の私立学園様様…空の上の存在。
かたや、開催地枠ギリギリ滑り込みの、そこそこ強豪な区立高校…そもそも棲む世界が違う。
クロ独りがどう足掻いたって、大空を悠々と浮かんでいる梟に、届くわけないじゃん。でも…

「独りでダメなら…全員で寄ってたかって、地べたに引き摺り落とせばいいだけ。」

空だけが、戦の場じゃない。空中戦だけが、バレーじゃない。
梟が飛んでいられないように、じ~わじ~わ…地上で待ち構える『集団の狩』をすればいい。
クロの背中にかかるのは、重荷じゃない。クロの背中を爪で押してあげる『猫の手』だから。

そう言うと、研磨は黒尾の背中に全体重を乗せて、空に向かって牙を剥き…大あくびした。


「なぁ…それって結局、黒尾独りじゃあ、な~んにもデキねぇって、ディスってねぇか?
   それともアレか!?俺ら梟に対する、猫からのセンセンフコクってやつだなっ!!!」
「木兎さん、お口を慎んで下さい。今のはただ単に…ドSだという性癖の暴露ですから。」
「なるほどっ!ポジション『S』は、性癖Sって意味かっ!研磨(S)、赤葦(S)…納得だ!」
「木兎さん(WS)…悪ぃな俺もSだ!とか?」
「木兎さん(WS)…わかんねぇよSってどういう漢字で書くんだ?ですよね。」

さしずめ、黒尾さん(MB)は…面倒を背負い込んで忙殺な中間管理職・マジでマゾかも僕…
ではなくて、ミクロもマクロも真っ黒なブラックなんですけど実は今回ブルー、ですよね?


「エースもしくはスターとしては力不足とか、チームの牽引もしくは大黒柱には役者不足…
   そのどちらでもなく、もっとアオハル的な、色っぽいお悩みなんじゃないでしょうか?」

それは即ち、色事…恋煩いですね。
お互いの立場上、手を伸ばすのが憚られる…棲む世界の位相がわずかに違う相手(同業他社)。
でも、思い切り飛び上がって手を伸ばせば、もしかしたら爪を掠めるかもしれない孤高の鳥。
もっと遠ければ諦めがつくが、チャリで30分、電車だと乗換1回片道350円の微妙な距離。

本当は時々、重力無視な髪に風を感じるほど、相手も降りてくることに気付いているのに、
ヒラリと躱されるのもちょっと楽しくて、まだ本気で飛び掛かっていないだけ…

「そのブルーは、『イって良し!』のサイン…青信号かもしれませんよ?」

ごっ、ご参考までに申し上げますと、乗換駅で待ち合わせる場合、片道200円と150円ずつ。
週1回ペースなら、メトロの回数券(11枚・有効期限3ヶ月)の利用が、賢いかと思われますっ。

よよよっ、よろしければ、この後ご一緒に、俺との直通連結回数券(賞味期限なし)をば…と、
赤葦は腰を低く屈めながら、黒尾を引き上げるべく、震える手をずい!っと差し出した。


「…って、思いっきり『ヤめとけ』色な赤信号っぽい奴が言っても、説得力なくねぇか?」
「ぼっ、木兎さん!そこは『なぁ、何で赤葦は所要時間とか運賃まで知ってんだ?』って…
   ツッコミという名のナイスアシストを、たまには俺に出して下さいよっ!!」
「じゃぁ、俺が代わりに…赤でも青でもなく、『急停止するぐらいならイっとけ!』だね。」
「そこの黄信号みたいなアタマの奴…正しい黄信号の意味通りに言わないでもらえる?
   一般的誤用通りに『注意しながらイけばいいじゃん。ほら…早く!』と、背中を押せよ!」



「お前ら…いつも通り、うるせぇなぁ~!」

目の前で繰り広げられるコント三昧に、黒尾は思わず吹き出した。
三者三様の説(ボケとツッコミ)を聞いているうちに、空はすっかり闇に包まれていたが、
黒尾の心の中は、夜の漆黒とは真逆の色…すっきり晴れ渡った快い空色に変わっていた。

横と、後ろと、前と。
三方向から引っ付き、大騒ぎし続ける面々を、黒尾は自ら腕を伸ばして引き寄せると、
ムギューーーっと強く強く抱き締め、全部外れで…全部当たりだよ!と、大声で笑った。


「全員まとめて…捕まえた!」




- 終 -




**************************************************

※愛猫思越 →アイ・キャット・シ・エチ
   →『eye catch』 →アイキャッチ(CM前のヒトコマ)
※正しい黄信号の意味 →停止位置を越えて進行してはならない。
   但し、停止位置が近く、安全に停止することができない場合を除く。  






(クリックで拡大)


2020/03/29  

 

NOVELS