趣味志向







「黒尾さん。趣味って、何…ですか?」


梟谷と音駒の二校だけで行われた、週末の試行的な練習試合。
モーレツにゼッコーチョーな誰かさんのペースに、全員が引っ張られてしまい、
通常の3試合に加え、2試合のアンコール&もう2試合の『おかわり』の後は、
言い出しっぺの木兎含め、全員が体育館に撃沈するほどの疲労困憊ぶりだった。

あぁ…もう、起き上がるどころか、指先すら動かせねぇ…
身体が冷え、呼吸が落ち着くまでは、いましばらく全員仲良くゴロゴロしよう。
そんなマッタリした共通認識が体育館内を支配し、ダランと四肢を伸ばした頃、
入口付近に寝ていた赤葦が、「あ、そう言えば…」と、隣の黒尾に問い掛けた。


   『趣味って、何?』

唐突ではあるが何の変哲もない、ごくありふれた質問。
だが、当事者以外の全員が、ゴクリと唾を飲み込んだ。

   (趣味を聞くってことは…っ!)
   (相手に興味津々の…サイン!)
   (ぅおっ!?つ、遂に…っ!?)
   (鈍感コンビ…一歩前進か!?)

誰がどう見たって、お互い意識しまくり(なのを意識しないフリがバレバレ)で、
さっさとくっつけよ!と、週に2回ぐらい絶叫しそうになっているのに、
自分の好意がダダ漏れなことも、相手のソレにも全く気付かない…似た者同士。

木兎ですらお手上げ状態だったが、ここに来て突然立ったフラグに、
全神経を耳に集め、呼吸するのを忘れるぐらい、二人の会話に集中した。
だが、趣味について問われた黒尾の返答に、赤葦以外の全員がその耳を疑った。


「趣味の定義…結構難しいんだよな。」

辞書的に言えば、『仕事・職業としてではなく、個人が楽しみにしている事』…
注目すべきなのは、ただ楽しみにしているだけでは、趣味とは言わない点だ。

「『仕事』と並び立つぐらい長期間…反復継続性が、必須条件なんですね。」
「あぁ。そして、それが『生計』には結びつかない…『業』じゃねぇこと。」

業…つまり、お金を稼ぐ手段としないことは、仕事との大きな違いだが、
『趣味と実益を兼ねる』と言う表現がある通り、これも線引きが非常に難しい。


例えば、好きな漫画やアニメを楽しみにしている場合を考えてみよう。

「雑誌や単行本を継続購読したり、毎週決まった時間にアニメを視聴するのは、
   紛れもなく個人の楽しみ…これを趣味と認定するのは、異論がないだろう。」
「ですが、閲覧した漫画やアニメの評論等の記事を、依頼を請けて執筆したり、
   ブログ内に関連広告を貼り、アフィリエイトした場合等は…業に近いです。」

副業というほどでもない、趣味の延長としての、ちょっとした小遣い稼ぎ。
これで生計を立てるのは難しいが、稼いだ金額は『業』認定とは関係ないし、
『専門知識』を生かして対価を得たという点で、専門職の仕事と変わりない。
趣味が高じた結果、(儲かってはいないけれど)仕事になった…という状態だ。

「収支が黒か赤に関わらず、反復継続してお金を受け取れば、業に該当する。」
「わずかな黒字もしくは赤字で、納税額がなくとも、記帳と申告が必要です。」

余談だが、業であれば買った漫画やDVDも、全て経費計上可能になるが、
帳簿作成の手間を考えただけで、『楽しみ』など一瞬で吹き飛んでしまう。
また、仕事として漫画を読むのが、はたして楽しいのかも…一考すべきだろう。


「漫画やアニメ好きの中には、グッズ購入や蒐集にハマるタイプもいるが…」
「こちらは更に、趣味よりも業に近いケースが、頻繁に見受けられますね…」

中古品として個人が数回販売(もしくは転売)する程度なら、趣味の一環。
しかし、これを何度も行い…反復継続するほどの旨味(実益)がある場合には、
業と判断され、古物営業法に該当する古物商の許可が必要になるおそれもある。

「つまり…アニメグッズ専門の個人経営リサイクルショップ扱いってこと?」
「そうだ。店を構えているかどうかは、問われないからな。」

「待った!一回も使ってない…新品未開封のモノでも、『古物』なのか?」
「新品でも使用のために取引されたものは、古物営業法の対象ですね。」

「だっ、大事な限定品を、使うわけねぇだろ!飾って…愛でるのみっ!」
「だとすれば、美術的価値を有する物…完全に同法の適用だ。」

「う…売るんじゃねぇ!譲るんだよ。お金じゃなくて…別のグッズと交換!」
「自分のものを、誰かに譲る…それが無償だと『贈与』、有償だと『売買』、
   お金以外を譲り合うなら『交換』…これも勿論、古物業になりますよ。」

ちなみに、地方や店舗、イベント限定商品の購入を代行する場合には、
代行費を求めれば、それは請負や委託契約に該当…完全に仕事(バイト)になる。


グッズ交換は執筆業よりもさらに膨大な手間がかかるのは、言うまでもない。
連絡、仕入、梱包、発送…個人に対してもお店と同レベルの対応を要求され、
たとえ不可抗力でも、下手打つとSNSに晒され、正義の名の下に糾弾される。

また、正規の業ならば、業界団体の保険で損害を補償してもらえたりするが、
個人間売買だと、業界ルールもなく保証も保険もない…潜在的リスクは高い。

「欲しいモノを買う時、販売者が会社か個人かなんて、あんま考えねぇな…」
「買い手としては、売り手は『お店』って認識があるからな~」
「名前が会社っぽくても、それは屋号…実態はただの個人かもしれねぇし。」
「儲けがあるかどうかは関係なく、『お金のやりとり』って大変なんだな~」
「それでもなお、推しのグッズ蒐集に奔走するのは、もはや『至高の愛』だ!」
「推しのために努力し、推しに囲まれ推しを愛でる趣味…心からリスペクト!」


いつの間にか周りの面々も、黒尾と赤葦の話を真剣に聞き入り、熟考…
当初の目的(盗み聞き?)を忘れ、『寝たまま合同会議』に発展していた。


「なぁ、趣味と仕事の境界…二次創作にも似たような問題があるよな?」
「PixivやTwitter、自サイトに作品をUPする程度なら、個人の趣味の範囲。」
「それが、コミケなんかで、かなりの部数をさばけるようになってきたら…?」

超大手サークルでは、実際に税務署から納税を求められたケースも存在し、
趣味の範囲ではない大儲け…完全に『個人事業主(作家業)』と判断されている。

だが、これは極めて稀な事例。
二次創作でもっと重要な論点は、お金や経理上のものではない。


「無料の二次コンテンツを閲覧することは…はたして『趣味』といえるのか?」
「好きなものを一方的に取り込むだけ…趣味よりも『嗜好』なんじゃねぇか?」

   嗜好とは、好んで親しむこと。
   一定の高揚感を、得るために…

「通常の連載…一次創作物と違い、二次は『流行り廃り』に左右されます。」
「短期間に作品やキャラの推しが変わっちまう…熱病や恋に、近ぇかもな。」

推しキャラやCPが変わったら、熱を補充する別ジャンルを漁ってしまう…
この場合は、特定作品やキャラ・CPに対する固定かつ長期的趣味というより、
腐向けや二次創作『そのもの』を嗜好し、趣味にまで達している状態だ。

それに対し『もう5年も、HQ月山を主食に…寸暇を惜しんで補給』の場合は、
一時的な熱病を超越し、『趣味:月山摂取』と言える反復継続性をもつだろう。
(※趣味というより、『中毒』の方がシックリくる説もあり。)

「『趣味』と『嗜好』の違いは…」
「時間や労力、お金を惜しまず、好きなものに注ぎ込む…」
「『自分から』『積極的に』『努力して得ようとする』ってとこか?」

ただ好きだから、ハッピーターンをついつい買って食べてしまうのは、嗜好。
期間限定ハッピーターン(ツンまろ味)を追い求め、方々の店を探し歩き、
それでもダメな時も諦めず、お菓子問屋さんから箱買いするのは…趣味の域か。

つまり、好きなもので一定の高揚を得るために、そこそこ努力し続けなければ、
趣味とは言えず、単なる嗜好止まり…『好き』に捧げる熱量の桁が、違う。


「二次創作の『摂取』に関しては、嗜好が趣味にまで上がるのは割と容易い。」
「問題は『製造』の方。こちらは反復継続という点で大きな壁があるんです。」

それが、先程も言った『流行り廃り』…
『趣味』と言っていいほど、同一作品・CPを継続して創作しようと思っても、
モチベーション維持を根本から挫く、厳しい現実から逃れられないのだ。

「あ、そっか!何であれ、3年も続けたら…人は飽きてしまう生き物だよな~」
「新しい作品が次々登場…『最推し』が変わってしまうのも、自然の摂理だ。」
「たとえ主食が変わっても、『摂取』って趣味は継続するかもしれないけど…」
「食べてくれる人が減っちゃうと、頑張って『製造』し続けるのは…キツい。」
「結果的に、『趣味:月山製造』と言えるまで続けるのが…難しくなるんだ!」


最初の1年~1年半は、熱病。恋と同じように、楽しいばかりのターンだ。
それが、創作にも慣れた2年を超えてきた辺り…長期連載に踏み切った頃から、
流行りが過ぎ去り、閲覧数がぐんぐん減ってきて、反応も同ペースで激減する。
2年半〜3年目は、このまま続ける意味はあるのか?という葛藤の日々…

「これは俺の趣味だ!誰かの目や評価は関係ない…俺が好きだからヤってる!」
「そう吹っ切れて、悟りを開くまで…本当の意味で楽しめるまで、3年必要。」

飽きようが飽きられようが、続けるしかない『仕事』とは違って、
二次創作の『製造』を、胸を張って『趣味』と言えるようになるまでは、
3年かけていくつもの壁を突破し、精神的な成長を遂げなければならないのだ。
(※その頃には、流行は過ぎ去っているという現実も、気にしてはいけない。)

「拙くても、センスなくても、3年続ければ…もう『愛』と言っていいよな?」
「どんなカタチであれ、3年頑張った…『趣味:月山クロ赤製造』ですよね?」

   手間やヒマ、時にはお金もかけて。
   自分の『好き』を、追求し続ける。
   それが『趣味』…愛する楽しみだ。


ひたすら何かしらを語り尽くした黒尾と赤葦は、吹っ切れたように深呼吸…
しばらくの沈黙の後、『会議の総括』を互いに確認し始めた。

「俺の二次創作…『クロ赤製造(妄想)』は、そろそろ2年になるな。
   脳内妄想だけじゃなくて、ちゃんと自分の手を動かして…反復継続中だ。」
「俺も同期間、奇しくも同じクロ赤を、自家発電…鋭意製造中です。
   一時的な熱病や恋といった段階は超越していると…胸を張って言えます。」

たゆまぬ努力を続け、脳内妄想を(右手等で)具現化し、技を磨く…
出てきた『製造品』を、他所様にお見せして反応を頂くことはできませんので、
3年も独りでモチベーション維持することは、厳しいと言わざるを得ません。

今後の創作活動のために、まずは黒尾さんに趣味の定義を確定して頂きました。
それを踏まえ、今度は改めて、一歩前進した答えを、お聞かせ下さいませんか?

「くっ、黒尾さん『の』、趣味は…?」
「おっ、俺の趣味は、クロ赤…だよ。」

「万事了解しました。今後は二人で…」
「リアルにクロ赤製造…していこう。」

   それでは皆さん、俺達はこの辺で。
   誰が何と言おうが、趣味に走るぞ。


そう言うと、二人はサっと立ち上がり、スっと体育館から勝手に出て行った。
ツッコミを入れる隙もなく、残された部員達は呆然…
二人が居なくなってから数分後、ようやく状況に頭が追いついてきた。

「えーっと、つまり…何だ?」
「アイツらはこれから…二人で二次創作サークルでも立ち上げんのか?」
「冬コミに向けて、ネタ会議…いや、思いっきり↓志向のネタだったか?」
「とりあえず、ジャンプショップ周回して、グッズで萌えを補充…かな?」

いや、違う。ホントは、わかってる。
『至高の趣味嗜好に関する思考』とかいう、どーでもいい屁理屈にみせかけた、
『片恋はもう飽きた』『(右手を動かす)ネタはお前だ』という、大暴露合戦…
『クロ赤』嗜好を、趣味にランクアップしようと指向する、ただの…告白だ。


「なんだ…『(布団を)敷こう』かよ!」

木兎の至極真っ当な『総括』に、全員が深々と趣向…ではなく、首肯。
クロ赤サークル結成おめでとう~と、大団円(大きな布団サークル)を祝福した。




- 終 -




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2019/09/14    (2019/09/10分 MEMO小咄移設)

 

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