熱中症状







「まだ真夏ではないとはいえ、体育館内は湿度も高いです。
   時期的に十分『暑熱順化』しているとは言い難いので、熱中症には…」

「あ~もう!赤葦の話、長ぇんだよ!さっさと練習始めようぜ!」


梟谷グループ合同合宿。
今回は盟主たる梟谷学園で開催ということもあり、
全員集まって最初のミーティング…連絡事項等のアナウンスを、
梟谷の副主将兼事務総長(雑用トップ)・赤葦が行なっていた。

方々から集まってきた、他校の面々は、大人しく座って話を聞いていたのに、
まさかの(やっぱり?)身内から、いきなり話の腰を折られてしまった。
イラっとした表情を隠しもせず、赤葦は騒ぎ立てる上司・木兎を睨め付けた。


「今から、超重要事項の説明に入るところです。黙って聞いてて下さい。」
「お前の話は、小難しいんだよっ!ショネツなんとか?イミフメーだし!」

ここには俺以外にも、日向とかリエーフとかもいるんだぞっ?
俺だけじゃなくて、み~んなが、ちゃ~んとわかるように説明しろよな!

「赤葦には、思いやりと…愛が足りてない!な、黒尾もそう思わねぇっ?」
「いや、赤葦はこれから、詳細な説明をするつもりなんじゃねぇのか…?」

いきなり話を振られた黒尾は、ごく常識的な返答をした。
だから木兎、黙って聞いてやれ…とフォローする前に、矛先が黒尾に変わった。

「何だよ!黒尾も小難しい一派かよ!
  っつーか、お前はいつも、俺じゃなくて…赤葦の味方ばっかりだよなっ!?」
「なっ、べっ、別に『いつも』ってわけじゃ…物事に100%は存在しねぇし。」
いいから木兎、とにかく今は黙って…大人しくしてろ。

なおも騒ぐ木兎を、黒尾が抑え付けていると、赤葦が盛大に溜息をつき、
冷え冷えとした微笑みを湛えながら、諭すようにゆっくり告げた。


「木兎さんでも理解できるような、思いやりと愛のある説明ならば、
  ここに居る全員が、ちゃ~んと理解できる…ということですよね?」
ではお望み通り、日向やリエーフでも、ガッチリわかる説明を致しますから…

「全員目を閉じ…顔を伏せて下さい。」


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はぁっ…はぁ…っ

荒い呼吸で、上下する肩。
その動きで、大粒の汗が、額や顎からぽたぽたと流れ落ちてくる。
しっとりと上気し、汗に濡れた肌は、艶やかに色付いて見える。

「赤葦…大丈夫か?」
「………っ」

声を掛けてみたが、返事はない。
熱に浮かされた、虚ろな表情…意識はもう、飛ぶ寸前なのだろう。

ぜぇぜぇと喘ぐ合間に、潤った唇が「くろおさん」という形に動き、
ガクガクと全身を震わせながら、きゅ…と筋肉を収縮させる。
その強烈な圧迫と、痙攣にも似た細かな蠕動に、思わず息の塊を吐き出した。

頬だけでなく、カラダ全体の肌が、ほんのり紅く染まっている。
触れ合っている部分から伝わる熱…その熱さに、こちらも溶けてしまいそうだ。


「待て、赤葦…ゆっくり、な?」

夢中で動き続けていたから、俺も喉がカラカラに乾いていた。
最後に水分らしい水分と、カラダを緩める休憩を取ったのは…いつだったろう。
心身共に満たされていたが、実際はひたすら『出す』ばかりだった。
絶対的に不足している水分も、ちゃんと赤葦に『入れ』てやらないと…

傍に置いておいた、ペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと水を飲む。
そのままボトルを赤葦に差し出すが…見えてもなく、聞こえてもいないようだ。

トロンとした瞳には、もう俺しか写っていないのだろうか、
掠れた声で、うわ言のように俺の名を繰り返し呟きながら、小刻みに揺れる。

このままでは、かなりマズい。
一気にのぼせ上がり、天まで昇りきってしまわないように…
少し体勢を変えて、一呼吸置いた方が良さそうだ。


ふらつく赤葦を抱えたまま静かに起き上がり、風の当たる場所に移動する。
そこに赤葦をそっと横たえると、汗に濡れ肌に張り付くシャツを捲り上げた。

湿った服を脱がせるのは、乾いたものよりずっと難しい。
赤葦にこれ以上の負担をかけないよう、一枚一枚慎重に、剥ぎ取っていった。


「なあ、これ…飲んでくれ。」

赤葦に覆い被さりながら、頭を少し上げさせ、顎をクイ…と引き寄せる。
できるだけ息や喉がツラくないように、静かに赤葦の口に含ませていった。


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…このように、
・めまいや火照りがある。
・筋肉が痙攣したり、足がつる。
・カラダがだるく、ガクガクしている。
・汗を大量にかいている。
・体温が高く、皮膚が赤い。
・呼び掛けに、反応しない。

といった症状が見られる場合には、
・涼しい場所に移動する。
・服を脱がせる。
・水分と塩分を補給する。

…等の対策を取り、できるだけ安静にして下さい。

ヤりたくてヤりたくて、ガマンできない気持ちは、俺にもよ~くわかりますが、
イってしまったら元も子もありません。無理しない範囲で動きましょう。

特に、あまりカラダが慣れていないうちは、楽しさよりもツラさが勝ります。
少しずつ熱に対する耐性をつけながら、お互いしっかり…頑張りましょうね?

『熱いなら 涼しいトコで 脱いで飲め』

もし自分で飲めないようでしたら、優しく介助し、飲ませてあげましょう。
間違っても、無理矢理飲ませる…なんてのは、やめて下さいね。サイテーです。


「…以上で、熱中症の症状及び対策についての説明を終わります。」

ココにもアソコにも手が届く、思いやりと愛に溢れる説明だったはずですが…
何かご質問等がございましたら、挙手して下さい。

もう目を開けて…顔を上げて構いませんよ、と赤葦は言ったが、
誰一人顔を上げず、押し黙っていた。


そんな中、顔を伏せたままの状態で、木兎がおずおずと手を挙げた。
赤葦が発言を許可すると、木兎はモジモジしながら、コッソリ大声で囁いた。

「なぁなぁ、赤葦。『熱中症』って…
  『ねぇっ、チューしよぅ?』に聞こえねぇか?」
「質問はないようですね。それでは…」

木兎の質問?を、赤葦は完全スルー。さっさと場を締めようとしたが、
もう一人…木兎の隣に居た黒尾が、スッと腕を伸ばして発言を求めた。


「質問じゃなくて、提案だ。」

この蒸し風呂みてぇな体育館…まだ暑さにカラダが慣れてねぇから、
本格練習前に『トイレ(等)休憩』を入れて…熱等を発散させるべきじゃねぇか?

『溜まる前 適度にヌこう 熱とアレ』

「こういうのは、何よりも『予防』が大事…そうだよな?」
「さすが黒尾さん…思いやりと愛に溢れるご提案ですね。」

それでは皆さん、今ご説明した内容を、しっかり脳内で反芻しながら…
激しい運動をする準備を、『ご休憩』がてら各々整えて下さい。

万全の予防と対策を取りながら、この熱さを乗り越えて…
むしろ、乗ったり乗られたりしながら、楽しく乗りこなして下さい。
実りある楽しい合宿になるよう、お互い全精力を出し切りましょう…ね?


「では…一時解散。」

赤葦の号令で、一同は人影疎らな『涼しい場所』へ、一斉に散っていった。



- 終 -



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※暑熱順化 →暑さにカラダが慣れること。


2017/07/02    (2017/06/25分 MEMO小咄より移設)

 

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