来店予約







「いやぁ~、今日も疲れたなっ!!」
「お前は、全っ然…そう見えねぇけどな。」

梟谷グループ合同練習。
今回は泊まりナシの週末日帰りコース…夜遅くまでの自主練はないものの、
それでもやはり、ミッチリとハードなことには変わりない。

後片付けをあらかた終えた俺は、体育館脇の非常階段に座り、
ドリンク休憩がてら、木兎とグダグダとダベっていた。
こっちはクタクタだっていうのに、木兎はよく喋るし…本当に『元気!』だ。
全身でジェスチャーしながら、大声で笑い続けるその体力…怖いぐらいだ。

止め処ない木兎の喋りを、話半分に聞き流していると、
誰かが体育館の角を曲がり、こちらに歩いてくる姿が見えた。
「おーーいっ!あかあしーー!!」
「何処へ行ったかと思えば…そんなとこでサボってたんですか。」
木兎捜索&捕獲に来た…どうやら赤葦のようだった。
手を振って呼ぶ木兎を見つけると、すぐに小走りでやって来た。

二人の会話で赤葦だとわかったが、距離もあり薄暗いのに…凄ぇ視力だ。
さすが、猛禽類共…と心の中で思っていると、赤葦はペコリと俺に頭を下げた。
「お疲れさまです、黒尾さん。」
「あぁ。赤葦も大変そうだな。」

労いの言葉を返したが、赤葦は何故か頭を下げたまま…じっと下を見ていた。
視線の先を追うと、左足の靴紐が、解けかかっていた。
非常階段に座ったまま、それを結び直そうと背を屈めたら、
目の前に立っていた赤葦がスっと腰を下ろし、足元に跪いた。


「ちょっとだけ、足…上げて貰えますか?」
言われるがままに足先を少し上げると、赤葦は俺の足を手で支え、
跪いた自分の腿に軽く乗せた。
そしてそのまま…しっかりと靴紐を結び直してくれた。

「あっ、そのっ、わざわざ…すまねぇな。」
まるで執事のような、自然で美しい流れの…赤葦の行動。
俺は度肝を抜かれると共に、自分が『主』か何か…偉い人になった様な錯覚を起こし、
身に余るほどの分不相応な好待遇に、妙な焦りすら感じてしまった。

そんな俺の内心には気付かず、赤葦は下を向いたまま、淡々と作業を進める。
「ついでですから…右足の方も。」
「い、いや、さすがに、それは…」
断ろうとするも、赤葦は右足の靴紐…真ん中辺りでねじ曲がっている部分を引き、
早くこちらの足も乗せて下さい、と催促した。

「なっ、なんか、その…そこに足を乗せるのは、申し訳ないというか…」
「腿に乗せて頂いた方が…こちらが作業しやすいんですよ。ですから…」
大事な宝物を扱うかのように、俺の右足をそっと掲げ、腿に乗せる。
捩じれている部分まで紐を解くと、赤葦は丁寧にそれを穴に通し始めた。

「先日、シューズショップの店員さんに…この方法を教わったんです。」
こうすると、靴も良く見えますし、作業もしやすいと言っていましたが…
「『大事にして貰えた』と客は思って…購買意欲が増すってわけだな。」
俺が捻くれた解釈をすると、赤葦は「その通りです。」と穏やかに笑った。

クスクスと笑った動きで、目の前の赤葦の髪…綺麗なつむじが揺れた。
こんなに間近に、じっくりと赤葦を見たことなど、勿論初めてだ。
しかも、柔らかく微笑んでいる顔なんて…記憶に全くない。

  (こいつ、こんな優しい顔もできて…それに、意外と睫毛、長ぇんだな。)

赤葦と言えば、試合中は本当に厄介なセッターで、
ブロッカーの俺は、感情の読めないコイツの腹を、ずっと探り続けている。
そして、試合中以外で会う時は、大抵目を吊り上げて木兎に『お小言』…
悪い奴ではなさそうだが、かなり面倒で…冷徹な奴なのかなと、思っていた。

だが実際は、物凄く気が利いて…優しい奴じゃないか。
それに、そんな柔らかい表情ができるなんて…全く知らなかった。
こっちが恐れ入る程、丁寧に靴紐を直してくれたことに加え、
知らなかった一面を見れたことに、俺はじんわりとした温もりを感じた。

  (もっと、赤葦のこと…知りてぇな。)

きっと赤葦は、見た目よりもずっと優しくて、温かい奴なんだろうな。
それに、ほんの少し会話しても、テンポが良いというか…
もしかすると、こいつとは結構気が合う…『似た者同士』かもしれない。
もっともっと赤葦のことを知れば、気心知れた間柄に…

靴紐を結ぶ赤葦の手を見下ろしながら、俺はとりとめもなくそう感じていた。


「お待たせ致しました。紐…キツくありませんか?」
「大丈夫だ。凄ぇキレイだ…赤葦、サンキューな。」
微笑んだまま、傾げていた顔を上げた赤葦。
その頭を俺はポンポンと撫で、心からの礼を言った。

「っっ!!!?」
「なっ、何だ?」

穏やかな気持ちで、感謝の言葉を言ったはずなのに、
赤葦は驚愕の表情のまま絶句…そして、再び顔を下げてしまった。

「そんな顔も…なさるんですね。」
赤葦はごくごく小さな声で囁くと、そのままクルリと後ろを向き、
しししっ失礼しますっ!と言いながら、どこかへ猛然と走り去って行った。


「な…何だったんだ…うぉっ!!?」
小さくなる赤葦の後姿を呆然と眺めていると、いきなり後ろからドン!と叩かれた。
驚きと衝撃で前につんのめり、非常階段から落ちそうになった。
すっかり忘れていたが…そう言えば木兎も居たんだった。

「何すんだ、木兎!凄ぇビビっただろうがっ!」
「凄ぇビビったのは、俺の方だっつーのっ!!」
木兎は飛び出そうなぐらい目を開き、俺の肩をバシバシと叩きまくった。

「あんなに優しい赤葦…初めて見たぞっ!!」
「は?お前、いつもアイツに…至れり尽くせりで面倒見て貰ってんだろ。」
それこそ、靴紐だって何回も直して貰ってんじゃ…と言いかけ、
木兎の靴紐が『3回転半』ぐらい捩じれまくっていることに気付いた。

「それに、俺はお前のそんな顔も…初めて見た。」
いやぁ~、黒尾ってばいっつも冷たぁ~いカンジというか…
顔は笑ってても腹の底は全然笑ってねぇ…そういう雰囲気があったからな~
それが今は、『ほんわか♪』というか、めちゃくちゃ温か~い顔してるし。

「黒尾がそんな顔するってことに、俺は心底ビックリしたぞ!!」
あの赤葦ですら、そりゃ頬染めて逃走する…ん?んんん???

勝手に喋りまくっていた木兎は、それをピタっと止め、俺を覗き込んだ。
馬鹿野郎…今はこっち向くな!ずっと一人で喋ってろよっ!!

木兎は朱に染まる俺の顔を見ながら『ニンマリ♪』と笑うと、
今度は至極マジな顔をして、俺にコッソリと囁いた。

「お客様。ウチの『イチオシ』商品…いかがでしょう?」


喉元まで出掛かった「…一括払いで。」というセリフを何とか呑み込み、
俺は顔を見られないように黙って立ち上がり…店から走り去った。




- 終 -


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<研磨先生メモ>
恋愛ゲージ『★★☆☆☆☆☆☆』 到達イベント
『え、何、このドキドキ…(予感編)』


2017/03/14    (2017/03/04分 MEMO小咄より移設)

 

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