人肌温感







「だいぶ…涼しくなってきたな。」
「熱燗には早いですけど…人肌燗か温燗が欲しいですね。」

早いのは季節じゃなくて、年齢の方だろうが…というツッコミを飲み干し、
黒尾と赤葦は、第三体育館の裏に並んで座った。


日中や体育館内は、さすがにまだ蒸し暑いが、
正規の合同練習後…自主練が終わる頃には、すっかり陽も落ちて、
こうして体育館裏に座っていると、秋を感じさせる涼風が、汗を拭っていく。

大会も佳境に迫る中、梟谷グループではほぼ毎週末、『合同練習』を行っていた。
さすがに遠い烏野の連中は、毎週出張って来るわけにはいかないが、
同じ首都圏の4校は、土日のいずれか、または両日『日帰り』で集まり、
切磋琢磨…ひたすらバレーに打ち込む週末を送っていた。

いくら『近い』とは言え、去年までは、ここまで集まることなど、考えられなかった。
だが、成長著しい烏野の姿を目の当たりにし…じっとしていられなくなった。
これもまた、烏野が入った…非常に『良い影響』かもしれない。

「まさか毎週末、こうして黒尾さんと顔を合わせるようになるなんて…」
「予想外の『嬉しい誤算』…だったりするか?」
「逢いたくてたまらない…という気分には、到底ならないですね。」

そのご尊顔も、見飽きちゃいましたよ…と笑いながら、
赤葦は手脚を伸ばし…小さくくしゃみをした。

練習でかいた汗はすっかり冷え…半袖短パンでは、少し肌寒く感じる。
「今日はまだ、着てねぇ…キレイなやつだ。」と、黒尾は言いながら、
脇に置いていたジャージの上着を、赤葦の肩に掛けてやった。


「そう言えば、秋になってくると『人肌恋しくなる』って言いますけど…
   これ、本当は『人恋しい』の間違いだそうですね。」

黒尾のジャージに腕を通しながら、赤葦は黒尾に語り掛けた。

「『人恋しい』と『人肌恋しい』…確かに、この時期よく聞くフレーズだけど、
  こうして『字面』を見比べてみると…ニュアンスの違いがわかるな。」

どう見ても、『肌』が入っている方は…ナニを恋しがっているのか、言わずもがなだ。

「『人恋しい』とは、『何となく人に会いたい、人と一緒にいたい』気持ちで、
   『人肌』の方は…辞書にも載ってないそうです。」
「辞書的に表現するなら、『人と更に深いスキンシップを求める気持ち』…か。」

チラリと横を見ると、赤葦は体育座りになり、組んだ二の腕部分…
サラサラとした黒尾のジャージに頬を擦りよせ、微睡んでいた。
練習の疲れと、少々の寒さと、職務から離れた開放感…眠くなっているのだろう。
日中は絶対に感じさせない『柔らかい空気』に、黒尾の頬は自然と綻んだ。


「秋になると人肌恋しくなる理由…主な原因は、『寒さ』だろうな。」

冬になると、気温が下がってくる。
そのため、動物的本能で身を寄せ合い、凍死の危険から身を守ろうとするそうだ。

「生命の危機を感じると…『子孫繁栄』の本能が働く…」
「寒くなるにつれて人肌を求めたくなるのも、道理ですね。」

ちなみに、一年を通して気温の変化がほとんどない『常夏の国』の人々には、
『人肌恋しい』という感覚は、あまりないそうだ。
日本に四季があるからこその、独特な表現なのかもしれないが…

「暑い夏は、脱ぎたくなる。寒い冬は身を寄せて…」
「徐々に温かくなる春は、開放的な気分に…結局、年中ヤりたいばっかりですね。」

折角風流な…季節にマッチする『おセンチ』な空気になりかけたのに、
結局二人は、自分達の口の悪さで、そのムードをぶち壊してしまった。
だが、こんな風に『一捻り』して笑い合える関係こそ…心地良かった。


「秋に人肌恋しくなる理由…『冬のイベントに向けての準備』説もありました。
  クリスマスに年末年始…恋人達のイベント盛りだくさんの冬に、自分は独りきり…」
「その強烈な寂しさに耐えうるよう、秋のうちから『寂しさ慣れ』しとく…ってか。」

何とも物悲しい説だが…馬鹿にはできない。
街中に輝くイルミネーション。幸せそうな恋人達。
そんな中、俺は…部活も引退。あとは受験戦争だけか…

「黒尾さんの冬は、『お先真っ暗』なカンジですね。」
「うるせぇよ…冗談抜きで寂しい気分になっちまったよ。」

笑いとともに揺れる赤葦の髪を、ぐしゃぐしゃと掻き回す。
クセが強く波打つその髪は、もうすっかり…乾いて冷えていた。

その冷たさが、『この時期特有』の感情を、黒尾に強く抱かせる。
温かい黒尾の手に撫でられた赤葦も、それを更に深く感じていた。


「秋冬のイベント…他にもまだ、あったような気がしますね。2つほど。」
「あぁ…キリストじゃねぇ奴の『生誕祭』…結構な『大イベント』だな。」

11月半ばに黒尾。12月初めに赤葦…それぞれの誕生日だ。
その頃には、こうした合宿をすることもなく、顔を合わせる機会は…

「その頃ちょうど…毎週末に見てた俺の顔が、恋しくなる時期なんじゃねぇの?」
「黒尾さんのメンタルじゃあ、『寂しさ慣れ』するのは、難しそう…ですよね?」

黒尾は赤葦の髪を撫でていた手に、ほんの少しだけ力を入れた。
その力に引かれるように、赤葦は首を傾げ…黒尾の肩にちょこんと乗せた。


「今ならまだ…その2日間に『予定』は入ってませんよ?」
「奇遇だな…俺もまだ、そこは『未定』だったんだよな。」

「この時期恋しくなる『人肌感』…ご用意しましょうか。」
「お前が恋しいのは、むしろ『熱感』の方…なんだろう?」


黒尾のジャージに埋もれながら、赤葦はごくごく小さな声で、
「楽しみにしてます…」と呟いた。




- 完 -


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※冬にかけて日照時間が短くなり、『幸福ホルモン』のセロトニンの分泌が減り、
    これによって寂しさを感じる…という説もあるそうです。(夜に人肌恋しい理由も同じ?)


2016/09/08UP

 

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