黒目之茶







「ん~、イイ香りだな。」
「ホッとする…」
「チーズケーキに、合いますね~♪」


盃九学園の学食外・オープンテラス。
(軽めの運動と)シエスタを終え、午後の講義が始まる前に…ちょっと一息。
チーズケーキを焼いたんで、一緒におやつをどうですか~という山口の誘いに、
執事学科の級友である岩泉と赤葦、そして山口の主人・月島の4人が即時集合…
仕事の都合で少し遅れるという黒尾と及川を待たずに、おやつタイムを始めた。

「濃厚なお味に合わせて、プアール茶をお入れしてみました。」
「紅茶かコーヒーじゃなくて、中国茶?って思ったが…美味いな!」
「濃い味のお茶が、マッチしますね~」

自作のケーキを綺麗に6等分する山口。丁寧な手つきで皿等を並べていく岩泉。
コーヒー用グラスポットで、きっちり温度と時間を計って、お茶を入れる赤葦。
執事3人から受ける歓待に、さすがの月島も恐縮…口だけを忙しなく動かした。


「プアール茶の茶葉はこんなに黒いのに、お茶は真っ黒じゃないんですね。」
「確か、プアール茶は『黒茶』って言われてませんでしたっけ?」
「そういやぁ、黒豆茶ってのもあるが…思ったほど墨汁っぽくなかったな。」

なるほど…『黒茶』だから、今日はプアール茶が出てきたんですね。
もし紅茶が『紅』じゃなくて『赤』だったら、きっとブレンド茶だったよね~
どこぞの黒い名の奴も、実はそんなに真っ黒じゃねぇ…って言えばいいんだろ?

…と、月島・山口・岩泉は心の中だけで思いながらズズズ~とお茶を啜りつつ、
自分用には濃い~め渋~め黒~めのお茶を入れる赤葦を、遠~い目で眺めた。
赤葦は「当然です。」と言いたげに目を細め、口ではお茶に関する話を注いだ。


「山口君の言う通り、プアール茶は黒茶に分類されるもの…」

同じツバキ科カメリア属の常緑種『チャノキ』の葉から作られる飲料ですが、
その発酵…茶葉の中で水や酸素が加わって変化する化学反応の度合いによって、
緑、白、黄、青、紅、黒の6種類に分類されています。

「発酵させず蒸した緑茶に、煎茶や玉露、番茶やほうじ茶があります。」
「えっ!?番茶も分類上は『緑』なんですか?」
「茶葉の色って、緑系…でしたっけ?」
「お茶の色味は…『茶』茶だけどな。」

白茶と黄茶は弱発酵の中国茶、中~高発酵させたのが青茶…烏龍茶。
そして、茶葉を完全に発酵させたのが、ダージリンやセイロン等の紅茶です。

「お茶用語の『発酵』は、茶葉の化学変化の度合でしたが、
   本来の意味での発酵…酒や味噌と同じく、菌の作用で発酵したのが、黒茶。」


はぁ~~~~、茶が美味い。
おやつとお茶を頂きながら、どーでもいい話を垂れ(聞き)流すだけの時間。
昼下がりのぽかぽか陽気も相まって、さっきまで昼寝していたのに、また瞼が…
4人は揃って黒茶をズズズズ~~~~、黒目をすすすすーーーーと細めた。

…いかんいかん。
午後からの活力のためとはいえ、心地良過ぎるおやつタイムは、逆効果だ。
何とか目をこじ開けるネタを…と、岩泉は大あくびしながら話題を振った。


「『黒』っつー割には、そんな黒くねぇものって言えば…」

黒豆茶もとい、黒目の茶…
黒髪の日本人は、自分の目も黒いって思い込みがちだけど、実はそうでもねぇ。
『黒目』と言いつつも、よ~~~く見たら、茶系が多いらしいんだよ。

「髪と目(光彩)の色がほぼ同じ、かつ、おめめパッチリなイケメン系の方々…
   ツッキーや及川さんは、当然の如く論外として、問題は黒髪4人組だね~」

ヒトの光彩の色は、お茶と同じく大きくわけて6タイプ…
ブラウン、ヘーゼル、アンバー、グリーン、グレー、ブルーだそうだ。
この6タイプが更に細かく分類され、全部で24種類と言われている。
(勿論、レアケースも多数存在する。)


「言われてみれば、長い前髪&白目多めの山口も、近付いてよ~く見てみたら、
   黒というよりは赤みの濃い琥珀色…アンバーに分類されそうな色だよね。」
「そういえばさ、愛敬があるとか、無邪気ないたずらをするユーモアとかを、
   『茶目っ気』とか『お茶目』って言うのは…何でだろうね〜?」

月島は山口の前髪を掻き上げ、そこに眼鏡を外して目を細め、おでこをピタリ…
これ以上ないくらい「こうやって僕達は確認しました。」を実践されてしまい、
岩泉と赤葦は、大きな音を盛大に立てて焦げ茶色の黒茶を目一杯飲み込んだ。


「俺も山口と同じ黒髪&白目多めで、割とつり目だが…ほれ、見てみろ。」
「おや、意外なことに…緑に近い灰色?でしょうか。素敵なお色味ですね。」

岩泉は赤葦に向かって、両人差し指で両目をあっかんべー。
岩泉の内面を表すような澄んだ色に、赤葦は心底驚いてまじまじと魅入った。

「同じ教室で毎日のように顔を合わせているのに…全く気付きませんでした。」
「俺だって、毎日鏡を見てんのに気付かなかった…及川に言われて知ったぜ。」

ほほぅ、それは一体、どういう状況で?
…と、月島と山口は目を三日月型に曲げて、思いっきりニタニタしたが、
幸いなことに岩泉は両親指で赤葦をあっかんべー…瞳を覗き込んでいた。


「赤葦と俺って、髪型も顔の部品も似た造形なんだよな…って、あ、青っ!?」
「えっ、青って…俺の目が?」
「ウソっ!?俺の勝手なイメージですけど…赤じゃないんですか!?」
「僕にも見せて下さい…ホントに、綺麗な青!流し目で気付きませんでした。」

そうか。このミステリアスな青だったから、妙~~~にゾクっとしていたのか!
全く予想だにしなかった美しい青の発見に、全員が驚愕…赤葦本人も含めて。

「『凄ぇ、綺麗だ…』って、黒尾さんが王子様風に囁く姿が、目に浮かぶね~」
「俺ですら、その台詞…ついうっかりポロっと零しそうだったからな。」
「この目に惹き込まれ…黒尾さんは陥落したんですね。万事納得しましたよ。」

いつしか3人は、代わる代わる赤葦の頬を両手で優しく包み、瞳に魅入り…
だが、当の赤葦は困惑顔のまま固まり、3人からの賛辞に瞳を曇らせた。


「俺、自分の目の色なんて、今まで全く意識したことがありませんでした。
   勿論、意識するようなことを言われた経験も…ありません。」

普段の赤葦からかけ離れた、か細く掠れる声。
ブルーを湛えた瞳が僅かに震え…3人の心は大きく揺さぶられた。

「おい、赤葦。それは黒尾が、昭和の頑固親父的なアレ…だよな?」
「家内を褒めるなんて、できねぇぞ!てやんでぃ!ってやつ…ですよね~?」
「それか、あまりに美しすぎて、言葉にならないだけかも…しれませんよっ」

何とか平静を保とうとするものの、憂いに浸った赤葦の青は、零れ落ちそうに…
そんな悲しい瞳を見ていられなくなった岩泉は、赤葦をギュっと胸に抱き寄せ、
山口は背中をぽんぽん、月島はサッと白いハンカチを取り出して手に握らせた。

「ほぼ間違いなく、黒尾さんは俺の目が何色か、なんて…知らないと思います。
   そして俺も、黒尾さんの目の色を…見た覚えが、全くっ、ありま、せん…っ」

   そもそも俺、黒尾さんと…
   視線が、合わないんです。


赤葦の言葉に、3人は目を血走らせた。
月山組や阿吽組、そして結婚10年超の夫婦のような長い付き合いになると、
相手とじっくり視線を合わせて話すことなんて、ほとんどなくなるものだが…
校則を改変させるほどの大恋愛をし、傍目にも目に毒な熱愛真っ只中なのに、
まさか視線すら合わない状態だなんて、目から鱗…いや、劫火が迸りそうだ。

「黒尾のやつ…何ヤってんだよっ!?」
「何ヤってんだは、こっちの台詞だ。」
「ちょっ、岩ちゃん羨まし…じゃなくって、黒ちゃんに焼き殺されちゃうよ!」

岩泉が黒尾への怒りを爆発させた瞬間、岩泉以上に黒々とした陰がかかった。
怒気を孕ませた目で岩泉達を睨みつけ、赤葦を引き剥がそうとする黒尾と、
口ではドキドキハラハラと言いつつ、目はワクワクキラキラな及川の2人だ。

岩泉は黒尾の激怒と力技にも怯まず、赤葦を自分の背にしっかりと隠し、
月島と山口は、どうかいらんことをしないで下さい!と、目で及川に懇願した。


「おい黒尾。赤葦と視線を合わせねぇ理由…答えるまで、返さねぇからな。」

ゴン!と、岩泉は黒尾のおでこにおでこをぶつけ、間近からガンを飛ばした。
長期戦覚悟で臨んだ岩泉だったが、意外なことに黒尾から瞬時に黒が消え失せ、
えーっと、それは、その…っ、大した理由は、ねぇんだが…つまり、だな…と、
明らかにしどろもどろしながら岩泉から離れ、目を盛大にナナメ上へ泳がせた。

「あ~♪俺、わかっちゃったよ~♪
   黒ちゃん、好きな子と目を合わせてお喋りするのが、恥かしいだけでしょ?」
「んなっ!?おおおっ、及川ぁっ!ななななっ、なに、言って…っ!!」

「うわぁ~、顔まっかっか♪照れちゃって可愛い~♪
  ハァイみんな、ここは徹お兄サンと一緒に帰るのが、大正解だよね~?」

   それじゃあ、おじゃま虫は撤収~♪
   お二人さん、ごゆっくりどうぞ~♪

及川は岩泉達の手を引き、パチリとウィンクをしながら学食から去って行った。
その場に残された黒尾は、視界に赤葦を入れないままクルリと踵を返し、
じゃあ俺もそろそろ帰ろうかな~と、出口に向かって一歩…できるはずもなく。

小さく震える指先だけで腕の端をキュっと掴まれ、全ての動きが止まる。
そして、聞こえてきた消え入りそうな声に、身体が衝動的に振り向いていた。


「誰が帰って良いと…言いましたか?」





- 終 -




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※目の色は、ねんどろいど等により確認。


彼に強引にされる5題③
『誰が帰っていいと言った?と
   腕を掴まれ阻止される』



2019/11/20    (2019/11/17分 MEMO小咄より移設)

 

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