山盛之常







「月島。ほら…食えっ!」
「えっ、いらないんですけど。」


正午、盃九学園学食。
今日は月一の『おべんとうの日』ではないが、最近は週一ペースで学食に集合。

ピュアはなはだしい不純な動機により、数年前に設立された学食だったが、
家業や学業を忘れ、同世代の学友とマッタリご飯を食べてダベるだけの時間が、
庶民の味と『年相応の学生っぽさ』を満喫できる、数少ない貴重な機会となり、
昼休みになると、誰しもが自然と学食へ足を運ぶようになっていた。

「及川が『学食作ろっ!』って言い出した時は、どうなることかと思ったが…」
「今や及川さんは『(フード)コート上の大王様』…学園史に名を残しました。」
「アイツは『上』じゃなくて…『並』ぐらいで十分だ。」
「いえむしろ、あのコッテリ感は…『特盛』じゃないですか?」


レジから一番遠い、学食の奥。
及川&岩泉、黒尾&赤葦、そして月島&山口の主従3コンビは、
毎週水曜、陽当たりの良い窓際に陣取るのが、いつしか定例になっていた。

「黒尾さんは、今週もまた焼魚定食…飽きないんですか?」
「毎週水曜のA定…赤葦定食が焼魚だ。いくら食っても飽きるわけねぇだろ。」

「赤葦は常にB定…どうせブラック黒尾定食ってだけだろ?」
「当然です。水曜B定の小鉢は、季節の青菜のからし和え…に、させました。」

「ツッキーは今日もシャレオツなサンドイッチだけか…そりゃ少なすぎだろ。」
「ランチ後は(軽めの運動と)シエスタのみ…3時のおやつ分のスペースです。」

「対する岩泉さんは、高エネルギー摂取型…大抵ガッツリと丼モノですよね。」
「スピードとカロリー重視だ。漢は黙って丼をかきこみ…全て消費し尽すっ!」

常時オススメ定食の黒尾と赤葦、カフェ(購買)サンドの月島、時短丼の岩泉は、
購入→注文→待機に迷いもロスもなく、早々にいつもの場所へ着席し食事開始。
席を押さえる赤葦が一番奥、隣が黒尾。対面に岩泉と月島が並ぶのも決定事項。
月島の隣に空いた席は山口用で、その向かい(黒尾の隣)が、及川用の指定席だ。


フードコート(並)の大王様と、学食時限定専属ピンチヒッター執事の山口は、
あれもこれも、全部美味しそう~♪と、未だキャピキャピおかずを選択中。
山口は大王様との楽しい時間のために、給仕専用のサーバーをわざわざ持参…
『ピンサー山口』として、大王様と共に水曜日の学食名物になっている。

「まったく、いつまで遊んでんだか。」
「女子力高ぇ奴ら同士、遊ばせとけ。」

「及川は学食を全力で楽しむあまり…本来の学食設立目的が果たせてねぇな。」
「選び終わる頃には、最愛の執事・岩泉さんは既に完食…常にすれ違いです。」

遠目に大王様&ピンサーコンビを眺めると、お盆いっぱいに山盛りのおかず…
カフェテリアやバイキングで、全種類制覇したくなるタイプのようだ。
常に自分の食べたいものを適量派の四人は、黙々ともぐもぐを再開した。


何となくいつも集まってしまう主従3組だが、そのランチ事情はかなり違う。
月島は山口が来るまで食べずに待ち、岩泉は来るまでに食べきってしまう傍ら、
黒赤組は、まずお盆から全ての器をテーブルに下ろして二人の間に並べ、
ご飯と味噌汁、漬物以外のおかずや小鉢を、きっちり『半分こ』して食べる。

「おかずシェアはウチもやりますし、実に賢いと思いますけど…」
「魚の骨を全部取って、身をほぐして赤葦に与えるのは、甘やかし過ぎだろ!」

「違ぇよ。俺がヤった方が断然早いし巧い…合理的な役割分担ってだけだろ。」
「黒尾さんに巧く食い尽くされる…魚に妬かぬ我慢で、俺は忙しいんですよ。」

今のは、笑う所…渾身のギャグ、なんだろうか?
論談も雑談も猥談も真顔で放談な赤葦がナニを言っても、冗談に聞こえない。
余談だが『談』の旁は『燃え盛る炎』の象形…談義は口数過多という意味だ。


これ以上、自称常識人の規格外黒赤コンビにツッコミを入れると、ヤケドする…
月島と岩泉は、身ぐるみ剥がされ骨抜きにされた妬け魚から目を泳がせると、
岩泉は小ぶりなお茶椀に取り分けた牛丼を、月島の目の前にどん!と置いた。

「月島。ほら…食えっ!」
「えっ、いらないんですけど。」

今日の岩泉は、珍しく特盛(通常は大盛)を注文していた。
そして、さらに激レアなことに、お子様茶碗に大盛と特盛の差分を取り分け…
もしかするとコレは、万年に一度の地殻変動が起こり、主人用にオスソワケ!?
…と衝撃を受けつつも、さわらぬ神的なアレで、君子達は危うきに近寄らず、
お子様用の可愛いお茶碗を、見てみぬフリをしていたのだが、それがまさかの…

(おいおい、ツッキーにやんのかよ…!)
(ひよこさんお茶椀…岩泉さんの私物?)
(大王様と…山口に知られたらマズい!)


ここは『謹んでご遠慮します。』が最適解だと判断し、月島は受取拒否したが、
岩泉は頑として譲らず、お揃いのスプーンで月島の口元まで運び始めた。

「いいから食え!お前はやせ過ぎだ!」
「こっ、こう見えて、僕…脱いだらスゴいタイプなんですっ!」

「嘘つけ!全然筋肉ねぇだろうがっ!」
「ちょっ、やめっ…触らない…んっ!」

岩泉は月島の腹部をサワサワ。
乱暴な口調とは裏腹に、その優しい手つきに月島は虚を突かれてしまい、
身を捩って抗議の声を上げた瞬間、お口の中に「あ~ん♪」されてしまった。

(おっと、これは…噴火警報発令だな。)
(女子力高い組に…お見せできません。)

身に降りそうな火の粉を防ぐべく、黒尾と赤葦はお盆で岩泉達を隠し、
大きな音を立てて沢庵を齧りながら、話を転換させた。


「ツッキー、もしかして…ダイエット中か?」
「世間で定着しつつある…糖質制限ですか?」

黒尾と赤葦の出した助け舟に、月島はこれ幸いと飛び乗ったのも束の間、
すぐに救助した船頭さん達に向かって、思いっきり頭を横に振った。

「まさか。僕がそんなこと…するわけないでしょ。」

糖質制限とは、ご飯やパン、うどん等の主食(炭水化物)の摂取を控えることで、
糖質(炭水化物から食物繊維を除いたもの)由来のエネルギー過剰摂取を抑制…
ダイエットを促し、肥満を原因とする病気の予防に努めるという健康法だ。

ご飯を少なめにし、おかずだけ食べるという『わかりやすい方法』は、
甘い物や脂っこいものをガマンするよりは、はるかに心的負担が軽く感じる…

「んなわけねぇだろ。一汁三菜だけじゃ意味ねぇ…まずご飯ありきだ。」
「俺のおやつはおにぎり…ご飯のない生活なんて、死に等しいですよ。」

「黒米を炊いたら、赤いご飯が出来上がるんだよな~」
「これがもう、おにぎりにすると絶品なんですよね~」

全力で米LOVEを叫ぶ、ラブコメ黒赤組(自称)は、糖質制限を断固拒否。
話の腰を折られた月島は、憮然とした表情を隠しもせず、そのまま喋り続けた。


「糖質制限は元々、糖尿病患者さんの治療のために作られたもの…」

糖質を緊急的に制限しなければ、命にかかわる人のための特殊な治療法で、
厳密なカロリー計算等、専門家の総合的な指導の下で行うべきものであり、
専門知識のない一般人が、安易に真似をしていいものとは、到底思えません。

「そもそも脳は、糖でしか動かない…
   制限し過ぎると無気力になったり、血管系の疾病リスクが高まります。」

糖尿病も怖いですけど、脳梗塞や心筋梗塞だって、同じくらい重大な疾患です。
脳は神経に直結し、全身に繋がる…血管をヤられるのは、致命的です。

「じゃぁ、糖質制限は…ダイエットには効かねぇのか?」
「短期的には、脂質制限よりも痩せやすいと言われていますが…」
「摂取エネルギーが消費エネルギーを下回れば、原理的には痩せるだろ。」
「糖質だろうと脂質だろうと、摂取制限すれば痩せるのが当たり前です。」

何が体に良いのか?悪いのか?
巷に溢れかえる情報の真偽を確かめ、判断していくためには、脳に栄養が必要。
低血糖による動悸、不安感、攻撃的な言動、悪夢、イライラ、めまい、疲労感…
脳や中枢神経から出る『生命の危機サイン』も、健康には程遠い状態ですよね。

「こと食品に関しては、体への影響がはっきりしないのが…常ですから。」
「『安全なもの』なんてない…あるのは『安全な量』だけなんだよな。」
「リスク分散のためにも、様々なものをバランスよく摂取すべきです。」
「消費エネルギーが落ちたら、常時山盛じゃなくて、並盛にしとけってか。」

結論としては『適量をバランス良く』…ごく常識的な話になってしまいます。
そういうわけで、この『ちょっと多め』の分は…皆で一口ずつ食べましょう。
これもいわば『リスク分散』のため…黒尾さんと赤葦さんも、ご協力願います。

月島はそう言って岩泉に視線を送り、岩泉は黒赤組にも「あ~ん。」した。
明らかに摂取エネルギー過少の月島に、ガッツリ食べさせたかった岩泉は、
少々不満そうな顔をしたものの、そろそろ女子力コンビがやってくる頃合いだ。
お先に!と、お盆を手に立ち上がり、数歩進んだが…黒尾の後ろで、一時停止。


「黒尾はそんなに動かねぇのに、結構食うよな?ポヨ~っときてねぇのか?」
「うわっ!?馬鹿っ、急に触んなっ!」

うっわ、お前ガッチガチじゃねぇか!?すっげぇ筋肉…ちょっと見せてみろ!
って、おいおいマジかよ!?ウットリするほど美しい6パック…ガチムチ発見!

「何ヤって、ここまで鍛えたんだ!?」
「いや、特には…祝詞を上げる時の、腹式呼吸のおかげかもしれねぇが…
   つーか岩泉。お前ちょっと、遠慮なさすぎ…そんな触りまくるなって。」

学食内で腹部を晒され、触られまくった黒尾は、さすがに居たたまれなくなり、
岩泉を引き剥がそうとするものの…丼パワーにはまるで歯が立たなかった。
仕方なく、岩泉が飽きるまで待とうと、両手を上げて「降参。」した瞬間…
周囲の皆様方と一緒に、『イイカラダ』をポワ~っと眺めていた月島は、
激しい動悸と不安感、強烈なめまいを伴う悪夢の予感を察し、全身を震わせた。

   (これは…生命の危機サイン!!)


「あっれ~?ねぇねぇ、みんな何して…ぅわぉ~っ♪♪♪」
「お待たせしま…わわっ!及川さん、急に立ち止まらないで…一体、どうし…」

「山口ぃぃっ!見ちゃ、ダメーーーっ」

月島は咄嗟にジャケットを脱ぐと、山口の頭に被せて抱え上げ、全力逃走…
本能が発する緊急避難命令に従い、周りの賢明な皆様方と共に退避した。


「凄っ、黒ちゃん…惚れちゃいそう♪」

自分の大失態にいち早く気付いた岩泉は、月島よりも早く学食から遁走。
何も知らない大王様は、目の前の『イイカラダ』をマジマジと凝視…
ごくごく素直な感想として、黒尾へ最大級の賛辞を贈り…サワサワサワサワ。


「大王様。ご覚悟は…宜しいですか?」

静寂に包まれた学食内に、闘質過多な赤葦の囁きが響き渡った。





- 終 -




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彼に強引にされる5題②
『他の男を見てんじゃねぇ、と
   視界を奪われ何も見えない』



2019/11/13    (2019/11/10分 MEMO小咄より移設)

 

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