以人為鏡







今日も、無駄に頑張ってしまった。

日中の合同練習だけでもオーバーワーク気味なのに、更にハードな自主練まで…
たかが部活のために、貴重な時間と熱量を費やし、毎週末のように上京だとか、
スポ根漫画じゃあるまいに、ホンットに馬鹿みたい…僕らしくなさすぎる。

あー、早く汗を流して、適度に栄養を摂取して、どこかでのんびり読書して、
周りが寝静まった後で、できるだけ人口密度の低い所で体を休めたいのに…

   (山口…遅い。)

今日みたいな疲れてる日に限って、山口がなかなか迎えに来ない。
合宿最終日故か、嫉妬や焦燥に駆られたり、単にお祭り騒ぎがしたいだけ等々…
誰しもが、何らかの理由でソワソワと浮足立ち、妙に盛り上がっているようで、
山口もそんな周りの雰囲気に流され、度を超えて…どこで、何やってんだか。

   (まだ…来ない。)


第三体育館の隅っこ(入口からは見えないけど、入口が見える辺り)に座り、
ネットリして全く動かない関東の風に当たり、涼んでいるフリ…待ちぼうけ。
漫然と視線を動かすと、あ…マズい。居残り苦労人組と目が合ってしまった。

「おー、今日は山口、遅ぇみたいだな?アイツも自主練、頑張ってんだな~」
「たまには月島君の方から、山口君をお迎えに行ってあげてはいかがです?」

山口を褒めつつも、顔に「早く来い」とはっきり書いている、黒尾さん。
僕にお小言を言いながらも、その口調は穏やかで機嫌が良い、赤葦さん。
どちらも『らしくない』雰囲気を纏い、それを隠しもしない…珍しいことに。

   (ココが一番…盛り上がってるよね。)

キンキンな冷気を纏う黒尾さんと、ホカホカな温もりを放つ赤葦さんの二人に、
日向やリエーフだけでなく、さすがの木兎さんまでトンズラしてしまった。
僕だって、本当は誰よりも先に退散したかったけど…全部、山口のせいだ。


「片付けを手伝えとは、絶対に言わねぇから…ツッキー、さっさと帰れや。」
「月島君、お可哀想に…山口君に構って貰えず、イライラしてるんですね~」

うっわ。この人達…超絶メンドクサイ。
そっちがその気なら、僕の方も『素直で可愛い他所の後輩』を止めますから。

「イチャイチャするために、僕を追い出そうとするなんて、心が狭いですね。」
「クソ多忙の遠恋をなめんなよ…どんだけ溜まってると思ってんだ?」
「同じ空間に居られるだけで、幸せいっぱい…邪魔しないで下さい。」

…あれ?ちょっと待って。黒と赤、言ってることが実は真逆じゃないだろうか?
黒尾さんの方は、現状に全く満足していないけど、一方の赤葦さんは大満足。
久々に顔を合わせ、二人きりの時間が来た嬉しさで、表立ってはいないけれど、
付き合って間もないせいか、明らかに互いの適正距離を取り慣れていない様子。

   (その失敗は、下手すると…致命傷。)


「ちょっと…集合。」

眼鏡の位置を直した指先で、チョイチョイ…初々しい二人を呼び寄せる。
僕のマジな雰囲気に、キョトンとした顔を見合わせるものの、素直に集まり…
近付いて来た二人を両腕でガッチリ捕獲し、円陣を組んで座り込んだ。

その際、僕と赤葦さんが肩を組んだことに、黒尾さんは不機嫌そうに舌打ちし、
黒尾さんと肩を組めた赤葦さんは、頬を真っ赤に染めてもじもじと俯いた。
その対極的な反応に、僕は大きくため息を吐き…ヒソヒソ話を開始した。

「黒尾さん。ポケットの中に…ナニがどのくらい入ってます?」
「っ!?そっ、そりゃお前、必需品が…『男の嗜み』が、一包ずつ、だよっ!」

「赤葦さんの方は…僕の予想では、ポケットじゃなくて、隠し鞄の中ですね?」
「えっ!?はっ、はい!嗜みとして、念のために、ひっ…一箱ずつ、ですっ!」

あ~ぁ、やっぱり。
男の嗜み…必需品のアレ&ソレを、ちゃんと用意している点は、さすがの一言。
でも、今度はその適正量を、二人共が大きく計り間違えているのだ。

   (バランス…ホントに難しい。)


「焦らない。でも…慌てて下さい。」

尋常ではない多忙さと、遠すぎないけど近くもない、ビミョーな遠距離恋愛…
滅多に逢えず、残された時間も少ないから、焦ってしまって当然だと思います。
ですが、今まさに喰らい尽くしそうな、キケンな香りを振り撒くのは…アウト。
黒尾さんの獰猛な視線だけで、赤葦さんが孕んでしまいますよ。

「えっ!?俺、そんなアブネェ目を…」
「してます。僕ですら、命やらナニやらの危機を感じるぐらいのレベルです。」

それなのに、ポケットに常備しているアレ&ソレが、たった一個ずつだなんて、
自分の情動と欲望を甘く見積もり過ぎ…どう考えても、足りるわけないでしょ。
慣れてきてもアレは2個~、慣らすためのソレは多めに3個~、これが最低限。


一方の赤葦さんは、花も恥じらう乙女の如く…いい歳こいて、照れ過ぎです。
コレに対して夢を抱くのは結構ですが、その勢いだと想像妊娠しちゃいますよ?
それに、夢を見られ過ぎたら…手を出す方が物凄いプレッシャーを感じますし。

「乙女!?俺、そんなピュアじゃ…っ」
「知ってます。でも、僕ですらクラっとするぐらいの、ギャップ萌えですよ。」

そんな生娘状態のくせに、何と一箱も…準備万端すぎで若干ドン引きですし、
しかもそれが鞄の中だとか、結局いざって時には間に合わないじゃないですか。
何よりも、そんな悠長に恥かしがってる暇なんてない…もっと慌てて下さい!


「お二人のキモチの方向は、ちゃんとまっすぐ向き合ってるんですから…」

焦り過ぎて距離感を見誤ったり、のんびりし過ぎて熱を冷ましてしまって、
折角の良縁を違えてしまいかねない…実は今、非常に不安定な所に居るんです。

まどろっこしいかもしれない。照れ臭いかもしれない。
でも、相手のことを想うのなら、勇気を出して、じっくりと話し合って…
二人にとって最適な距離や熱量、求める方向を、一緒に見出して下さいね。

「それじゃあ、僕はこの辺で。
   今日も一日お疲れ様でした。どうぞ…どうか、ごゆっくり。」


三人で組んだ円陣の輪から、僕はスっと抜け、体育館を後にした。
扉から三歩だけ出たところで、その足を止めて月を見上げ…思わず苦笑い。

   たっぷりとある、二人の時間。
   計測できない程の、至近距離。
   焦りも慌てもしない、安定性。
   けれども、キモチの方向は…?

黒尾さん達とは、物理的な状況や経過年数は、真逆と言っていいぐらい違う。
だけど、どんな恋人同士や夫婦でも、必要なモノや努力すべきコトは同じ…
距離と熱量と方向のバランスをいかに取るかが、人間関係の要なんだろう。

   (人の振り見て我が振り直せ…かな。)


あのギリギリ感満載な二人をどうしても放っておけず、珍しく親切モード発動。
本当に僕らしくなく、心から親身になってアドバイスなんてしてしまった。
(自分もできてないくせに、何をエラそうに!)と、セルフツッコミしながら、
二人に語っているうちに…いつしか自分達のことを冷静に思い返していた。

   (勇気を出して、じっくり話し合う…)

山口が、僕を迎えに来ない理由。
多分、僕の何かしらの態度が、山口の気に障り…きっと怒っているのだろう。
実に情けないが、『多分』『何かしら』『きっと』『だろう』という辺りが、
僕がちゃんと山口の方を向いていなかった、紛れもない証拠だ。

   (非常に不安定なのは、僕達も同じ。)


首だけを後ろに回し、体育館の二人に向けて「ガンバレ。」と、小さく囁く。
そして今度はその首を再び上へ…お月様に向かって、やや大きな声で宣言した。


「僕が、お迎えに…行くよ。」




- 終 -




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2019/06/27    (2019/06/23分 MEMO小咄より移設)

 

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