三六驚態







毎週月曜、朝10時。
仕事の合間に通る、ターミナル駅に直結する地下街の、やや大きめの本屋さん。
そこで毎週3冊ずつ、BL漫画を購入するのが、俺の密かな楽しみだ。

BLを読むからと言って、俺は腐男子というわけではない。
スポ根に近いサッパリ感…アタマを使いたくない時の気分転換に最適なのだ。
(念のために言うと、読みながら手を使ったりすることもない。)

強いて言うなら、書架に並んだ本のタイトルを眺めるのが、実に面白い…
AVもそうだが、秀逸な言葉遊び系のタイトルを探すこと自体が、好きだ。
(俺が二次創作をしていたら、非常に勉強になるだろうなぁと思う。)

もういいオトナだし、堂々とR-18を購入してもいいはずなんだけど、
それでもやっぱり、恥ずかしい気持ちも少なからず残っているわけで…
近所ではなく、乗降者数と来客数と品揃えの多いターミナル駅の本屋さんへ、
インフル&花粉症対策万全な、マスク&眼鏡&ニット帽のフル装備で向かう。


   (お、これはこれは…即買いですね。)

コレを買うぞ!と、特に決めて行くことはない。
その場で引っかかったタイトルや、表紙絵及び帯の言葉から、気分で決める。
(そのせいで、やたらリーマンとかスーツばかりになるのは…気のせいだ。)

今日も無難に3冊選び、レジに向かう途中で新刊コーナーを何となくチラリ…
BLコーナーの真横に、全ジャンルの漫画新刊が置いてあるのに、少々驚いた。

   (あ!36巻…待ってましたっ!)

俺が心から愛する、スポ根漫画。
週刊誌を買っていないから、コミックスの発売を心待ちにしているのだが、
発売日を知っているわけでもなく…偶然の出逢いに感激し、一緒にレジへGO。
「いいいっ、いらっしゃい、ませっ!」と、ちょっと声が上擦った店員さん…
『初心者マーク』が胸についた新人さんに、計4冊の本を差し出した。


「…お願いします。」
「はっ、ひゃぃ…っ!」

…噛んだ、な。
もしかしたら、今日が初出勤かもしれない…先週は居なかった人だ。
財布からポイントカードを出す時に、チラリと名札を見ようとしたら…

「え、あ…赤葦、さんっ!?」
「えっ!?は、はいっ!!?」

突然名前を呼ばれ、思わず返事。
名札には…『山口』…山口?え、もしかして…!?

「か、烏野、の…?」
「は、はい!お、ひさしぶり、ですっ」

「えっと、その…上京?」
「だ、大学が、コッチで…今日から、ココで、バイトで…」

そう…だったのか。
意外と近いところに、もう何年も居たみたいだけど、何という偶然の再会…

   (さ…最悪の、タイミングっ!!)

山口君は、俺が差し出した本のタイトルを見て、みるみるうちに大赤面。
お客様は成人済…ナニ読んでもオトナの自由…購入内容は個人情報…と、
自らに言い聞かせながら(全部口から漏れてます!)、業務遂行に専念した。


「か、カバーは…」
「け、結構です。」

「ま、まわりの、ビニールは…?」
「取って頂けると…幸い、です。」

「特典ペーパーは、中に挟んで…」
「お、お手数、お掛け、します…」

あぁ…居たたまれない。
フツーのスポ根漫画を、一緒に買うんじゃなかった。
まるで、エロBLばっかりが好きなわけじゃありません!っていう、言い訳風…
どっちかがオマケで買ったわけじゃなくて、俺はどっちも大好きなんですっ!!
そこのところだけは、どうか誤解なきように…って、落ち着け、俺!!


「に、2686円に、なります…」
「カードで、お願いします…」

   (2686円…『風呂入ろ』、かな。)

冷静さを取り戻すために、金額で語呂合わせを考えながら、カードを手渡し…
お支払いはご一括で~という定型句の途中、山口君は俺の手元を見て固まった。

「え…黒尾、京治…さん?」
「あっ!!」

クレジットカードの裏面には、俺の『本名(フルネーム)』の直筆サイン…
そして、手渡した左手薬指には、姓が変わった理由を示す、銀色の光。

   (しまった…っ!!)


俺達のことは、身内しか知らない。
バレー部関係者で知っているのは、ほぼ身内の孤爪ぐらいだ。
別に隠しているわけじゃないけど、自ら大っぴらに言うものでもない…
(言えば盛大に祝ってくれるだろうが、それが結構、照れ…面倒臭いし。)

業務上知った客の個人情報を、山口君は無闇に吹聴したりしないだろうけれど…
恐る恐る山口君をチラ見すると、山口君はそれに気付き、柔らかく微笑んだ。

「おめでとう…ございます。」
「あ、ありがとう…ございます。」

ごくごく小さな声で、嬉しそうに祝辞を贈ってくれた。
心からの笑顔&おめでとうの言葉に、俺の頬もふわっと緩み…笑顔でお礼。

   (山口君は…大丈夫、だ。)


お互いに緊張を解き、安堵のため息。
そして、レシートの裏に数字…おそらく山口君の携帯番号を走り書きし、
「お客様の控えです。」と、カードと共に俺に戻しながら…こっそり耳打ち。

(あの、近いうちに…一緒にご飯でもどうですか?)
(おや、既婚者の俺を堂々ナンパとは…なかなかやりますね。)

(違っ!あ、もちろん、くろ…旦那様もご一緒に…ですからっ!)
(了解しました。ぜひ…飲みながら俺達の惚気を聞いて頂きましょうか。)

俺の言葉に、山口君は一瞬ポカン…だがすぐに眩しい笑顔で商品を手渡し、
元気よく「ありがとうございました!」と、頭を下げて御挨拶をしてくれた。


(俺の方も…『旦那様同伴』しますね。)





- 終 -




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2019/02/09    (2019/02/04分 MEMO小咄より移設)

 

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