「おや、あれは…ウチの若夫婦です。」
「相変わらず目立つ…仲良しだよな。」
最寄駅から自宅兼事務所まで、徒歩10分弱…不動産屋表記だと7分程。
都心からのアクセスも良く、駅からも近い閑静な住宅街という好立地だ。
帰路10分弱の内、半分ほどが緩やかな下り坂になっている。
都内での外回りの仕事と、駅前での買い物を終えた黒尾と赤葦の二人が、
角を曲がって坂道の頂上に差し掛かった時、坂の中程に見知った背中が見えた。
一緒に居る時は大して気にならないが、出先で見るとその長身ぶりが際立つ…
『ウチの若夫婦』こと、月島と山口の二人が、大きな荷物を一緒に抱えていた。
「お、無事にホットプレート…買えたみてぇだな。」
「かなり重たそう…若夫婦に頼んで正解でしたね。」
先日、4人で野球中継を観ながら晩御飯を食べていると、
ホームランを打った選手が、お好み焼きをひっくり返すパフォーマンスをした。
それを見た瞬間、4人の意思が見事に合致…お好み焼きパーティ開催決定だ。
せっかくだから、大きめのホットプレートも(経費で)買おう!という話になり、
大学帰りの若夫婦が、駅ビル内の家電量販店で購入する係になり、
仕事帰りに食材を買って帰る係が、(相対的に)老夫婦の担当になっていた。
黒尾達の方も、キャベツやらオタフクやら、かなり重量級のレジ袋だったが、
アチラはやはり相当重いらしく、坂の途中で立ち止まり、何やら協議中だった。
コチラも立ち止まって二人の様子を伺っていると…大声でじゃんけんを始めた。
だが、何度やってもグーの『あいこ』が続いていくだけで、勝敗がつかない。
「なるほど…じゃんけんで負けた方が、文字数分だけ持つルールなんだな。」
「だから、リスクが一番低いグーばかり出す…あいこ連続で当然ですよね。」
おそらく、グーで負けたら『グリコ』、チョキなら『チョコレート』で、
パーなら『パイナップル』…グーは3歩だが、他ので負けると倍の6歩もある。
グーを出しておけば負けても3歩でいいし、勝てば相手に6歩も持って貰える。
月島も山口も同じ計算をしたから、グーのあいこから抜け出せないのだろう。
二人が真剣勝負しているのを後ろから眺めながら、黒尾と赤葦はホッコリ…
若夫婦の可愛らしい姿に、コチラの方が何だか嬉しくなってしまった。
顔を見合わせて微笑み合い…お外だったと気付き、慌てて緩んだ頬を引き締め、
お互いアサッテの方向に視線を彷徨わせながら、マジメな話に無理矢理戻した。
「俺、昔から疑問だったんですが…何故グーだけ3文字なんでしょうか?」
昭和30年代の大阪の新聞に、『東京でハヤるじゃんけんの呼び方』だと、
グリコの広告が掲載されたのが始まり…という一説があるそうなのだが、
勝負として使う際には文字数を揃えるのが、一般的にはフェアではなかろうか。
「『グリコ』を使うなら、『チョコ』『パイン』の3文字に統一するか…」
もしくは、文字数の多さが面白さの肝ならば、グーも6文字にすべきだろう。
『グ』から始まる、6文字のことばと言えば…
「グレーチング、グリコーゲン…」
「ぐびじんそう、グリモワール…」
とりあえず思い付いたものを口に出してみるが、どうもシックリこない。
チョコレートとパイナップルが食べ物だから、合わせた方がいいかもしれない。
「グラスワイン、グロッグざけ…?」
「グリンピース、ぐんかんまき…?」
この中でチョコレートとパイナップルに合いそうなのは、グラスワインかな?
いや、別にグラスビールでも…お好み焼きにはバッチリではあるのだが。
また、グロッグ酒はラム酒の水割…これを飲み酩酊した人をグロッギーと呼び、
そこから、グデグデに酔っ払った状態をグロッキーと言うようになったそうだ。
よし、我が家で当該ゲームを行う際に、『グー』を何にするかについて、
『じゃんけん』して決めよう…と思ったが、二人は今一度考え直すことにした。
「文字数を揃えると、フェアっちゃフェアなんだが…」
「『駆け引き』をする楽しみは…全くないですよね。」
このゲームを通して、相手と策謀を巡らせ合って愉しみ尽くすとしたら、
グー、チョキ、パーの文字数は、それぞれ違う方がなお面白いのではないか?
例えば『3・4・5』や『3・5・7』だと、腹の内を読むのもワクワクする。
「ちょこ(猪口)、ぐいっと一杯、パァ~っと一気飲み…グロッキー様コース。」
「パンツ、ちょっとだけよ?、愚息もどうぞヨロシク…酔い覚ましコースだ。」
なお、グリコは『ひとつぶ300メートル』走れる…1粒15.4kcalだそうだ。
これを『オトナの酔い覚まし』コースで消費しようとするならば…
「フレンチキスで17kcal、ディープだと65kcal(毎分)…計6粒必要ですね。」
「騎乗位30分で207kcal(赤葦側)、絶頂に達すると100kcal…20粒も必要。」
「黒尾さん、最近『恰幅が良くなって』きてませんか?」
「よし、今日は正常位+後背位でガッツリ消費するぞ!」
こんなしょーもない会話が、心から楽しくてたまらない。
日常生活に関するものを除けば、夫婦の会話の大半が『他愛ない話』であり、
重大な話など、年に数度あるかないか…できれば避けたいと思うネタが多いし、
逆に相手に言って欲しいこと…睦言等の『愛のある話』に至っては、
夫婦関係が長くなればなるほど、なかなか言い合わなく(言い辛く)なるものだ。
年を経るごとに無駄が省かれ、洗練…合理化が進むと言えば聞こえはいいが、
飾り気や遊び心といった、贅沢…『他愛ある話』も失われていくことになる。
(ただひたすら、贅沢三昧に…)
(二人の時間を、楽しみたい…)
だから、余生はできるだけたくさん、二人でしょーもないことを語り続けよう。
願わくば、お好み焼きのように時を重ねながら、じんわりナカまで熱を通し、
徐々に旨味を増していくような関係を、二人でじっくりと味わいたい…
新婚真っ只中の若夫婦を見ていると、つくづくそう思ってしまうのだ。
「俺らも、年取ったよな…何か最近、揚げ物より煮魚が無性に食いてぇし。」
「俺も、春菊を美味しいと感じた瞬間…年取ったなぁ~って思いましたよ。」
…って、ちょっと待て。
確かに自分達は、月島&山口よりは先に結婚し、夫婦歴も長いのだが、
その差はたった半年だし、交際年数はアチラの方が圧倒的に長いじゃないか。
それに、コチラが年長組だとは言え、最大でも2つしか歳も違わない…
すっかり忘れかけていたが、俺達もまだ十分若く、ピチピチの新婚さんだった!
「アチラを『若夫婦』と言うの…金輪際やめませんか?」
「だな。コチラが『老夫婦』みてぇに…聞こえるしな。」
「黒尾さんはそもそも存在がジジ臭い…高校時代から焼魚ラブでしたよね。」
「俺には、春菊と菜の花も大差なく感じる…赤葦も早々と老成してたよな。」
自分達は性格上、最初から老夫婦っぽい雰囲気を醸していただけ。
まだまだアチラには負けられない…贅沢に『他愛ありまくり話』をし続け、
万年新婚夫婦でありつつ、年年熟成していきたいと…今、決意を新たにした。
前方で止まっていた若…月山夫婦も、どうやら話し合いが終わったようだ。
思いっきり構えて…じゃんけんぽん!!
またしてもグーのあいこ…だが今度は二人共やけに嬉しそうに笑い合うと、
ホットプレートの箱を一緒に持ち、せーの!と掛声…一歩ずつ歩き始めた。
「「ぐ・う・ぜ・ん・の・い・っ・ち」」
(どこがだよっ!!)
(ウソおっしゃい!)
結構長〜いこと、あーだこーだと考察しておいて…結局デレデレするだけかよ!
ただ単にイチャつきたいだけ…どの辺が『偶然の一致』なのか、サッパリです!
黒尾と赤葦は、呆れ顔を見合わせて…一気に相好を崩した。
次も、その次も…『あいこ』を繰り返すだろう二人が、愛おしくて堪らない。
(仲良し夫婦の邪魔をしないように…)
(フェアにあいこを…続けましょう。)
お互いに当たらないよう、外側にぶら下げていた2つのレジ袋を、内側へ移す。
二人の間で揺れる袋を1つに重ねて一緒に持つと、手と手が微かに触れ合い…
まるで手を繋ぎながら歩いているみたいな、ほわほわした気分になってきた。
「これも、偶然…だよな?」
「図らずも一致…ですね?」
月島と山口に気付かれないよう、二人との距離を一定に保つべく、
黒尾と赤葦も同じ歩幅とペースで、前進&停止を延々と繰り返した。
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※グレーチング →道路脇の側溝等に使用されている、格子状の金属製の蓋。
※グリモワール →魔術の手引書。悪魔や精霊を召喚する魔導書等。
※正常位55.125(31.5)kcal、後背位59.85(39.375)kcal。(カッコ内は赤葦消費分)
また、騎乗位の黒尾消費分は37.8kcal。
2018/05/17 (2018/05/15分 MEMO小咄より移設)