前後腹背







「ねぇ、今晩…イイでしょ?」


3階の黒尾・赤葦宅の居間に脚を投げ出しながら、
美味い酒に、旨い肴…4人は他愛ない雑学考察をまったり楽しんでいた。

赤葦が黒尾の取り皿の隅に、薬味さじで丁寧に柚子胡椒を乗せる。
今宵のメインは、いかと大根の煮付…爽やかな香りが食欲をそそる。
独特の食感が最高!と、いかの耳に柚子胡椒を付けていると、
その様子を見ていた月島が、隣に座って日本酒をあおる山口に、
耳を疑うような『お伺い』を立てた。

「ダメ。一昨日シたばっかり…全然溜まってないもん。」
ヤりすぎも、あんまりよくないんだよ?
…と、山口はアッサリ月島のお誘いを拒否した。

突如フツーに始まった『夫婦の会話』に、黒尾と赤葦は言葉を失った。
ツッキーはナニ言い出す…って山口は拒否るのかっ!?
一昨日なら、結構溜まって…良い頃合いですよねっ!?
…という、正当なツッコミを入れられないまま、
耳を塞ぎたくなるような会話は、どんどん先へ(奥へ?)進んで行った。


「そんなに溜まってなくても、動かしてたら…出てくるでしょ。」
「別に、無理矢理出す必要もないんだけど。」
ツッキーさ、俺が「もうおしまい!」って言うまで、延々ヤり続けるじゃん?
夢中になり過ぎて、時々痛いし…傷付いたらどうするの。

「それは昔の話でしょ。最近は、毎回気持ちイイって…寝落ちしてる。」
「それは、まぁ…回を重ねるごとに上手くなってるけど…」
痛っ!って俺が言った時は、そのまま続行!は勘弁して欲しいんだよね~


「い…痛がるのを、そのまま続行は、ダメですよ!」
「っつーか、このままこの話を続行も…ダメだっ!」

黒尾と赤葦は飛びかけた意識を何とか引き戻し、
慌てて会話にストップを掛けた。

「仲が宜しいのは大変結構ですけど…耳に毒です!」
「ココは一応、俺らのウチ…堂々と曝しすぎだろ!」
お互いに『そういうカンケー』だってのは熟知してるし、
妙に隠し立てするのもアレなんだが…やっぱりその、生々しいっつーか…
頼むから、『夫婦の会話』を…俺らのウチでヤらないでくれよ。

少しだけ頬を染め、気まずそうにお互いから目を逸らす黒尾達。
その『もじもじ』した恥じらいに、月島と山口はキョトン顔…
そして、二人同時に吹き出した。

「やだなぁ~、何の話だと思ったんです?」
「僕達が話してたのは…コレのことですよ。」
月島は薬味さじを手に取ると、いかの耳の上でチョンチョンと動かした。
僕は、コレをするのが大好きなんですよ…と。

何だ…『耳かき』のことか。
黒尾と赤葦はホッとため息…ヤらしい誤解をしたことを追及される前に、
月島達に焦点を当てるべく、早口で質問を投げ掛けた。


「やっ、山口君は…月島君に耳かきして貰ってるんですか?」
「して貰ってるというか…『させてあげてる』が正解です。」

黒尾達の頭に浮かんだのは、「させて下さい!」と上目使いに懇願する月島と、
それに「しょうがないね…」と悦に浸る、女王様…山口の姿。
だがそのヤらしい妄想は、月島の一言であっという間に消え失せた。

「耳かきって…『発掘調査』にソックリなんですよ。」
大事に大事に。丁寧に丁寧に。
優しくそっと…ふんわり撫でるように。
この穴の奥には、未知の生物の化石が眠っているかもしれない…
そういうロマンとドキドキを、日常生活で体験できるんですよ!
勿論、自分の耳かきをするのも大好きですけど、
目の前に穴があれば、掘りたい…それが普通ですよね。

月島の言う『普通』には、あまり賛同しきれない…
それは山口も同じらしく、苦笑いしながら『我が家の事情』を語った。


「ツッキーってば、凄い集中して発掘するんで…俺、暇で暇で。」
調査中は会話もゼロ。むしろ邪魔しないで!って雰囲気を醸すんですよ~
だから俺、いつも膝枕で読書して…そのまま寝落ちしちゃうんですよね。

山口はそう言ったが、黒尾と赤葦はその発言にも賛同できず、首を傾げた。

「耳かきしながら…読書?」
「どうやって…読むんだ?」

「どうって…普通に横向きに寝て、本を持って読みますけど?」
「のんびりリラックス…『癒し』というに相応しいスタイルです。」

お互いに引っ付いて、肌の温もりに包まれながら、
気持ち良く耳かきしてもらいつつ読書&魅惑の発掘調査…至福の時である。
これに何か、疑問に思うようなことが、あるだろうか?
黒尾達の悩みっぷりに、月島達の方が逆に困惑した。

疑問点を具体的に教えて下さい、と月島が視線を送ると、
何でわかんねぇんだ?と、またしても驚いたような顔をされた。

「普通に考えて、そんなスペース…なくねぇか?」
「膝枕で耳かき…目は閉じるしかないですよね?」

黒尾と赤葦の言い分に、今度は月島達が首を捻った。
言ってる意味が、全くわからない…


こうしていても、ラチがあかない。
山口はカウンターの上に置いてあった鉄朗君&京治君(フィギュア)を取ると、
それを座卓に並べながら、『我が家の耳かきスタイル』について実演した。

「ウチでは、ベッドの端にツッキーが座って、床に足を下ろし…」
「腿に山口が頭を乗せて、僕の膝に本を乗せて…」
こんな感じですね~と、鉄朗君&京治君が、同じ方向を向くように置いた。




だがこの説明に、黒尾達は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

「はぁ~っ?何だその格好…っ!?」
「その膝枕…『逆』ですよねっ!?」


膝枕ってのは、柔らか~いトコに、キュっと顔を埋めるのが…幸せなんだろ?
クッションとか、ソファの隙間に挟まると落ち着く…あれと一緒だよ。

我が家は和室…壁に背を付けて、脚を伸ばして座り、
腿に対して垂直に…耳かきして下さる人の方を向いて、頭を乗せますよ。

これだと、目は閉じて…というか、顔ごと密着する格好になるため、
本を読むスペースがないという意見も、なるほど納得である。
…ではなくて。

黒尾達の説明に、月島達は顔を真っ赤にして反論した。


「なっ、何ですか、その…『そういうプレイ』っぽいスタイル…っ!?」
「これって、顔がモロに、アソコに…ですよねっ!?や…ヤらし~っ!」

「いかがわしい言い方すんなよ!膝枕って…そういうもん、だろっ!?」
「赤葦家では、両親もずっとこれですけど?これが…普通、ですよっ!」

『膝枕』って、正確には『腿枕』だな~とか、正座はしんどいよな~とか、
そういう感想を持ったことはあったが…
『どっち向きに寝るのか』について、全く逆の『普通』が存在していたことに、
4人は世界が逆転するほどの衝撃を受けた。


これは、地域による違いなのか、はたまた家庭によるものなのか…?
『耳かき』に関して、じっくり考察してみるべきか、触れないでおくべきか。
判断に迷うネタだが、ひとつだけはっきり言えることがあった。

「それぞれのウチで…夫婦間で『方向』が一致してて、良かったですよね。」
「この違い…結構なカルチャーショックですもんね~」

もしお互いの『普通』が逆だったら、一悶着もしくは『膝枕なし』の生活に…
という、実に寂しい結果を招く可能性も、十分あったのだ。
そうならなくて良かったなぁと、こっそり胸を撫で下ろした。


自分達が思いもよらなかった、『逆』スタイルの膝枕…
そこには一体、どんな世界が広がり、どんな景色が見えるのだろうか?

未知なる世界への好奇心に急かされるように、4人はいそいそと片付け、
互いに目を合わせないまま、本日の酒屋談義を『お開き』にした。




- 終 -



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※耳かきエステ店では、膝に対して平行になるように頭を乗せるそうです。
※勿論、垂直に乗せる(クロ赤スタイル)のがウリという、お店もあります。

2017/04/22    (2017/04/16分 MEMO小咄より移設)

 

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