明月清樽







「山口、誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます~!」

「実は今回…我らが『酒屋談義』始まって以来の危機なんです。」
「あ~、気にしなくていいぞ。赤葦が勝手に落ち込んでるだけ…」


4人での特殊酒屋談義『お誕生日会』。
誕生日を祝う側の3人が、誕生日の人に関するものや、
その日にまつわるアレやコレ…『考察ネタ』を提供し、
お誕生日の人が主役の、楽しい『酒屋談義』をする…という会だ。
今回は9月27日の月島に続き、第二弾…11月10日・山口デーである。

しかし、乾杯の音頭もそこそこに、赤葦は深刻な表情を見せた。
だが、それに驚いたのは山口だけで、黒尾と月島は苦笑い。
その様子に、赤葦は頬を膨らませながら、猛然と語り始めた。

「当初の予定では、ウワバミ王・山口君をベロベロに潰す…」
ではなくて、念願の『酒に酔ってみたい』を叶えてあげるべく、
ありとあらゆる種類のお酒を、方々から取り寄せていたのに…

おかげで、ココの業務用冷蔵庫(赤葦コレクション・要冷蔵)も満杯、
廊下の納戸(同・常温保存)も大変なことに…と、
若干遠い目をしながら、黒尾が歎息した。

それには完全スルー…赤葦は絶望漂わせる表情で呟いた。
「それなのに…今日11月10日が、『断酒宣言の日』だなんて…っ!」
確かに、過剰なアルコール摂取は体に毒ですし、
適度に楽しむこと…『嗜む』ことが大事なのはわかっています。
ですが、何もよりによって『今日』じゃなくていいじゃないですか!
しかも、11月のNovemberを『もう飲めんば~』、
10日を『酒止(十)まる』なんて、ちょっと上手いコトまで言って…

「酒のない『酒屋談義』など…酒のない人生など、有り得ますか!?
   これじゃあ、何のためにオトナになったのか…」

と、嘆く赤葦…山口とは対極の、『舐めても昏睡』な超絶下戸である。
これだけ酒を愛しているのに、酒からは完全にシカトされている…
そんな『強烈片思い』な赤葦に、ツッコミを入れられるはずもなく、
赤葦が落ち着くのを待って、山口がフォローを入れた。

「あの、赤葦さん…俺、別にお酒なくても問題ないですし…
   飲めなくても、『酒屋談義』は誰よりも楽しむ自信があります!」
ですから、もう…食べちゃいませんか?


今日のメニューは…焼肉だった。
何も乗せてもらえず、油から蒸気が上りつつあるホットプレート。
正直、赤葦の嘆きよりも、腹の嘆きが深刻な状況だった。

「今日は全員で…ノンアルコールだな。」
「じゃあ、烏龍茶でも出しましょうか…」
耐えきれなくなった黒尾と月島が、野菜や肉を次々と焼き始める。
冷蔵庫にソフトドリンクを取りに行こうとした山口…
その手を赤葦が引き止めた。

「皆さん、本当にいいんですか…?
   お肉の祭典…『焼肉』なのに、お酒がないなんて…」
カルビにハラミ、ロースにタン…お肉に失礼だと、思いませんか?
冷たぁ~い泡と、ごきゅごきゅ~って…シたいでしょう?

じゅうじゅうと、美味そうな音と匂いを振りまく、お肉さんたち。
このお肉様方と是非…シたいに決まっている。

「…というわけなので、『断酒』は俺が全て引き受けますので、
   お肉様とお酒様に失礼のないよう…ヤっちゃいましょう。」

赤葦の提案に、3人は手を叩いて歓喜した。
「僕には今、赤葦さんが…天使に見えていますっ!」
「焼肉にビール…最高の誕生日プレゼントですよ!」
「お前の尊い犠牲…俺達は一生忘れないからなっ!」

大げさに涙ぐみながら、冷え冷えのジョッキいそいそと出し、
なみなみと注いだビール片手に、4人は再度乾杯をした。



「焼肉で忙しいから、とりあえずライトなネタで…」
そう切り出した月島は、ポケットから破いたメモを出し、
『たれ』の瓶の下に置いて、『11月10日』について語り始めた。

「例によって、誕生日○○は多すぎて…正直ゲンナリだよ。
   一つ挙げるとするなら、やっぱり『誕生日すし』かな。」
月島の時は、『がり』だった…という、意味不明な『誕生日○○』だ。
まぁ、ネタとしては…最高に『オイシイ!』ものだったのだが。

「本日のすしは『うめくらげ』…すし言葉は『危険な愛』。
   しょうゆは少々、わさびはぴりりと…だって。」
「…またしても、魚類じゃねぇネタだな。」
「今日のメインが『すし』にならなかったのは、これが理由です。」
見た目は山口っぽい…『軟体動物』みたいだけど、
クラゲはサンゴと同じ『刺胞動物』…分類上は全く違う動物。
すしのネタには、軟体動物がたくさんあるはずなのに…
イカ・タコ・貝類のどれも当てはまらなかったのが、逆に驚きだよ。

月島は笑いながら、程よく焼けたホタテを山口の皿に乗せた。
口の周りを泡だらけにしながら、今度は黒尾が話を継いだ。


「この日で特記すべき事件は、何と言っても1989年…
   『ベルリンの壁崩壊』だな。歴史が大転換した瞬間だ。」
ソビエト連邦の力が弱まり、東欧諸国が次々に独立や民主化。
これにより、東西冷戦が終結…ヨーロッパの『現代』が始まるのだ。

「この日が誕生日の人には、フランスの画家・スタンランがいる。
   『人魚姫』の時に考察した、アール・ヌーヴォーの画家だ。」
スタンランの代表作が、この『俺』…と、
黒尾は手を丸め、手首をくるっと曲げ…『招き猫』のポーズをした。
「Le Chat Noir(ル・シャ・ノワール)…『黒猫』だぜ。」
ここにその絵葉書があるから…冷蔵庫にでも貼ってくれよ。

黒尾が手渡した『黒猫』は、妙に『いいカラダ』をしている所や、
コミカルな表情が黒尾に似ており、山口は思わず笑ってしまった。



「そして、1431年の今日生まれた方が、ヴラド・ツェペシュ…
   『ドラキュラ』のモデルになった、ワラキア公ヴラド三世です。」

以前、皆さんで飲んだルーマニアの黒ワイン…
棺に眠る『ドラキュラ』のワインでしたよね?
あの時は、まさか考察するのにピッタリな日が来るとも思わず…
「今日まで取って置かなかったことを、悔やんでいるところです。」
赤葦は苦笑しながら、まだ血の滴る超レア肉を頬張った。

「あの時に『お取り置き』したドラキュラ考察を、ちょっとだけ…」
月島はそう言うと、冷蔵庫から白い塊を取り出した。

「今日に相応しい『ドラキュラに関する疑問』はこれに尽きるかな。
   …なぜドラキュラは、ニンニクが苦手なのか?」
月島が手の上に乗せたのは、かなり大きめのニンニクだった。


ステンレス製の絞り器でニンニクを潰し、タレに混ぜながら、
山口はう~ん…と首を捻った。
「『ドラキュラ=ニンニク嫌い』は、『常識』だと思ってたけど…」
ちゃんとした理由は、考えたことなかったな。

「ビールと同じくらい、焼肉には必須だよな。
   …これが『本日のメイン』が焼肉になった理由なんだが。」
「ちなみに、無臭ニンニクと呼ばれるものや、このジャンボニンニクは、
   ニンニクとは別種…リーキという西洋ネギの変種の場合があります。」
また、『ニンニク』という名前の由来は、
仏教用語の『困難を耐え忍ぶ』…『忍辱』からきているそうだ。
漢字表記や生薬名の『蒜(ひる)』『大蒜』は、漢語に由来する。

「何でニンニクが『困難に耐える、辱めを忍ぶ』って意味なんだろ?」
こんなに美味しいし、元気が出るのに…不思議だよね。
臭いも少ないジャンボニンニクなんて、いいことずくめだし。

山口の疑問に、月島は「だからこそ、なんだよ。」と答えた。
「仏教における禁葷食(きんくんしょく)…
   精進料理で避けるべきものの中に、ニンニクが入ってるんだ。」
禁葷食の一つが、動物性の食材である三厭(さんえん)…獣・魚・鳥で、
もう一つが五葷(ごくん)…臭いの強い野菜である。

「何が五葷にあたるかは、地域によって差があるんだが、
   その多くがネギ、ニラ、ラッキョウ、タマネギ、ニンニクなんだ。」
「要は…ネギ科ネギ属の植物で、硫化アリルを多く含むものだね。」
特に禅宗寺院などでは、『不許葷肉(酒)入山門』と書かれており、
肉や臭いのキツいもの、お酒を飲んだ者は立ち入りを許さず…
修行の場に相応しくない、とされているのだ。

「なぜならニンニクは『不浄』のもの…
   人間の心を乱し、魂を失わせるからものだから、だとよ。」
「精力が付く…『煩悩』をかきたて修行の妨げになるって。」
「つまり、『お元気っ!!』になりすぎるから、ダメってこと!?」
ヒンドゥー教でもニンニクは仏教と同じ扱いであり、
禁食とまではいかないものの、イスラム教の預言者ムハンマドも、
祈りの妨げになるからと、摂取を控えるように指導していたそうだ。


「ニンニクに対するこれらの扱いから、逆説的に…
   ニンニクがいかに『強いパワー』を持っているか、わかりますね。」
ニンニク由来の強い抗菌・抗カビ作用を持つ化合物がアリシンで、
アリシンはビタミンB1(糖質の分解を促進)の吸収力をUPさせる。
それを製剤にしたのが、アリナミンである。

「きつい匂いと、高い殺菌作用を持っていることで、
   ニンニクは世界各国で『魔除け』として利用されてきたんだ。」
この『魔』には、『病魔』も含まれる。
特に土葬が基本の中世ヨーロッパでは、死者が甦らないように…
様々な病原体を含む『不浄』をまき散らさないようにと、
死者の口の中にニンニクを入れて埋葬していたそうだ。

「高い殺菌作用で、『不浄』を追い払う…
   だからこそ、『死者』のドラキュラは、ニンニクが苦手なんだ!」
ニンニクは『生』と『精』の源…ってことなんだね。
納得したよ~といいかけ、山口はふと気が付いた。

「同じニンニクでも、生…『不浄を追い払う』と捉えている場合と、
   精…『不浄を招く』と考える場合、両方があるんだね。」
「ドラキュラすら除ける強い力。
   強すぎる力に…聖者すら抗えないってことだろうな。」

生涯で約13500点の油絵と素描、10万点の版画、34000点の彫刻と陶器…
最も多作の美術家としてギネス登録されているパブロ・ピカソも、
ニンニクをこよなく愛した人物の一人だ。

「闘牛場で殺された暴れ牛の睾丸のニンニク炒め…ピカソの大好物だ。」
「正妻の他にも何人か愛人…アチラの方もお強い方として有名ですね。」

臭いが強い、精がつく、そしてお肉…というコラボレーションから、
『焼肉を食べるカップルは既にデキている』という俗説が、
ごく当たり前のように、まかり通ってきたのだろう。
「臭いも気にならない仲…『くっつく前』だとちょっと厳しいよな。」
「そして、ガッツリと精をつけ、程よいお酒…『当然の帰結』です。」
「肉食(にくしょく)と肉欲(にくよく)…ほぼ『イコール』だね。」


…というわけで、考察の結論はこうだ。
「俺達からのプレゼントは…『ニンニクパワー』だな。」
「『辱めを忍ぶ』というのも…なかなかオツですよね?」

むふふふふ…と、イヤラしく笑う黒尾と赤葦。
不浄極まりない考察の結論に、月島はゲンナリした風を装い、
山口は素直に頬を染め…頭を垂れた。


「何と言うか…言うべき言葉が、見つかりません。」




***************





「ところで、この焼肉について、ライトなネタを見つけました。」
題して…『焼肉診断~好きな部位で恋愛傾向が判明!?』です。

「そういう『立証不可能』な、考察に不向きなネタ…珍しいですね。」
まぁ、いつもの『酒屋談義』よりはライトに楽しく…が、
この『お誕生日会』のコンセプトでもありますからね。
…と、『証拠』や『論拠』に一番ウルサイ月島が、
最初に「面白そうなネタです。」と、話題転換を快く受け入れた。


「では皆さんに質問です。次の部位のうち、どこが一番お好きですか?
   ①タン、②ロース、③カルビ、④ハラミ、⑤ホルモン。」
聞かなくても、今日の『食べっぷり』で大体わかるんですが…
それぞれ、お好きな部位を…プレートから取って下さい。

赤葦の「では、どうぞ!」の号令で、4人は一斉に肉を箸で掴んだ。
①のタンを黒尾、②のロースを赤葦、③のカルビを月島が、
そして山口は、④のハラミを選択した。

「見事にバラバラ…確かに、それぞれが今日一番たくさん食べていた、
   『大好きな部位』で間違いなさそうですね。」
焼肉の主役は、カルビ以外有り得ないでしょ…と、
タンを選んだ黒尾を、月島は本気で驚いた目で見た。

「わかってねぇな…アッサリに見えてジューシー…
   この独特の食感と爽やかなレモンの香り…たまんねぇよ。」
「そんなタンを選んだあなたは…
   『ギャップを楽しむ♪欲望に従順なタイプ』だそうです。」
淡白な見た目によらず、非常にジューシーな味わい…
欲望に素直なあなたは、見え隠れするギャップや肉体的相性を重視。
「冷静そうな見た目とは裏腹に、滴るような妖艶さ…へぇ~。」
「そんな刺激的なギャップにメロメロ…ということですね~!」
いやはや、ゴチソウサマです~とほくそ笑みながら、
月島と山口は、黒尾の皿にタンを何枚も乗せた。

「そして、俺が選んだのは②のロースですが…
   こちらは『目からも舌からも味わう♪美麗堪能タイプ』ですね。」
赤身とサシのバランスが絶妙…その美しさは、もはや芸術品の域。
『内面の美は外見に現れる』という考えを持つため、顔や仕種を重視。
愛でるように肉を噛みしめ、味わうように恋人を抱きしめるでしょう…
「顔はともかく、『いいカラダ』を目からも舌からも…ほほぅ~。」
「腹の黒さも、外見にバッチリ現れて…それすら愛でるんですね!」
お前ら、言いたい放題言いやがって…と言いつつも、
黒尾は至極ご満悦な表情で、赤葦に恭しくロースを献上した。

「さて次は月島君…カルビですね。迷いなく王道を選んだあなたは…
   『青春よ永遠に♪豪快ぶっこみタイプ』ですね。」
重視するのは、エネルギッシュさと笑いのツボ、そして、
『友人でもあり恋人でもある』という点。
笑いのツボや食の趣味が合い、ずっと一緒にいても気を遣わない…
そんな関係を重視するあなたは、焼肉も恋愛も、童心にかえって豪快に!
「俺らがいちいちツッコミ入れる必要…全くねぇよな。」
「童心から未だ抜け出せてない…『王道』ですからね。」
一生仲良く『童心』のまま『青春』…ぶっこめばいいじゃないですか。
そういうの、嫌いじゃないですよ?と、赤葦はニンマリと含み笑いをした。

「ラストは山口君の、ハラミですね。
   『カワイイ子ほど手がかかる♪世話焼きよく焼きタイプ』です。」
ホルモンの一種ならではの歯ごたえがありつつ、しっかりした肉の味。
ヘルシーとオイシーの両立…『長く楽しめること』を重視し、
恋愛においても、『長く一緒にいられること』を求めています。
「世話焼きよく焼き…そんな手間暇さえ、愛おしいんですね。」
「特別な相手は、少々面倒なぐらいでちょうどイイ…ってか!」
手間がかかってるとは思えないけど…世話は焼いてもらってる、かな。
満更でもなさそうな表情の月島に、山口はせっせとお酌をした。


「こういう『○○診断』も、『誕生日○○』と同じぐらい溢れてますが…」
「当たってる!って思い込む、『バーナム効果』だとわかっていつつも…」
「飲み会での『肴』としては、普通に笑えて面白いですよね~!」
「たまには、こういう『酒屋談義』も…悪くないですね。」
4人はプレート上の残り少ないお肉様達…
自分が『大好き!』な部位を、競う様に食べ尽くした。



「では、軽めのネタはこの辺でおしまいにして…
   ここからは恒例の『アレ』をお出ししましょう。」

大量の肉をキレイに食べ終え、はち切れそうな腹を擦りながら、
4人は食後の『お口直し』を開始した。
手分けして片付けたテーブルに、赤葦は磨かれたグラスを並べ、
嬉々としてカクテルを作り始めた。

「11月10日の『誕生日カクテル』はコチラ…
   『ボビー・バーンズ』という、ウィスキーベースのカクテルです。」
深みのある琥珀色に輝く、美しいお酒…そして、かなり強めだ。
ウィスキーベースのものとしては、最高傑作の部類に入る逸品である。

「ボビー・バーンズは、ロバート・バーンズという詩人の愛称なんです。」
「スコットランドを代表する詩人で、民謡の収集・普及にも努めた人だ。」
そして、バーンズが収集し、改作したスコットランド民謡は、
世界中で愛され続けている。その一つが…
「Auld Lang Syne(オールド・ラング・サイン)…『蛍の光』なんです。」
赤葦はグラスを高く掲げ…恭しく月島に差し出した。

『Auld Lang Syne』については、9月の月島誕生日会の際、
『蛍』に関するものとして、山口自身が出してきたネタだった。
まさかそれが、こんな形で繋がるとは…

「さっきの山口じゃないけど、この僕でさえ…
   言うべき言葉がみつからない、ですよ。」
心底驚いた表情の月島。
似たような表情で固まる山口に、赤葦は『おかわり』を入れて言った。

「このカクテルの持つ『意味』、それも…
   『言葉が見つからない』…だったりするんですけどね。」
あまりに見事な結論に、全員が言葉を失った。


グラスの氷をカラカラと回すと、
黒尾は雰囲気を一変させるような明るい声を響かせた。

「ま、そんなこんなで、今日はしこたま食ったし飲んだな!」
エネルギーもアレもチャージ完了、後は…
「出すべきモノを、出す…アソコにイくだけですよね?」
赤葦は天(ゴクラク)を指差し…たかのように見せかけ、
その指をゆっくり下ろし…廊下の向こうを指し示した。
「今日11月10日は、いい(11)ト(10)イレ…『トイレの日』です。」

『トイレ』という呼称は、和製英語…本来は『トイレット(TOILET)』だ。
そしてこの『トイレ』以外にも、数多くの呼び方が存在する。

「トイレの別称をいくつ言えるかで、その人の教養レベルがわかる…
   そういう説もあるそうですよ。」
ちなみに、『合格ライン』は10個だそうだ。

「和風な名前だと、『便所』『厠』『雪隠』『鬢所(びんしょ)』、
   『はばかり』『手水(ちょうず)』に…さっきの『ご不浄』とか?」
『鬢所』は、貴族が鬢(髪)を整え身支度をする場所という意味であり、
身支度に便利な場所…『便利所』が『便所』の語源との説もある。
こうした 和風表現だけで、約50種類も存在するそうだ。

「よく目にするのが、『化粧室』『お手洗い』『rest room』に…
   『W.C.(Water Closet)』とか、『bathroom』だろうな。」
婉曲表現で、『録音(音入れ)』だとか、『お花摘み』に『雉撃ち』、
市外局番が045の語呂合わせで『横浜』というものもある

「そして、『トイレの日』繋がりかどうかは不明ですが…
   本日の『誕生日ことわざ』も、『雪隠で米を噛む』なんですよ。」
「雪隠で米…?友達いなくて、一人トイレでお弁当食べること…?」
何か、ちょっと俺にピッタリかも…と、悲しげに下を向く山口。
そんな山口に、月島は「何言ってんの。」と、呆れた声を出した。

「雪隠で米…または『雪隠で饅頭』の意味は、
   人に隠れてこっそり、自分だけイイ思いをすることだよ。」
僕に隠れて、山口一人だけでイイ思いをするのは…勘弁してよね?
月島は柔らかく笑うと、山口は嬉しそうに笑顔で頷いた。


「そうは言っても、これだけ毎日ずっと一緒に暮らしていると…」
「一人で考え事したりする空間は、トイレぐらいしかねぇよな…」
山口も、ツッキーから離れて『一人でじっくり』考察に耽りたい時とか、
ツッキーに『内緒』にしたいことがあれば…トイレを上手に使えよ?

「黒尾さんは、もう少しだけ『籠城時間』…短縮して下さい。」
「赤葦こそ、籠城しながらの独り言…結構聞こえてるからな?」
絶対的に一人になれるお城…黒尾・赤葦宅の『トイレ攻防戦』を垣間見て、
月島と山口は顔を見合わせ、大いに笑った。


「それでは、僕らもイロイロと『もよおして』きたので…帰ります。」
「今日は俺のために、楽しいお誕生日会…ありがとうございました!」

おやすみなさ~い!と、礼儀正しく頭を下げる月島達に、
イってらっしゃ~い♪と、黒尾達は手を振って見送った。





***************





「はいツッキー、これ…今年の遺言書だよ!」
「ありがとう。大事に保管しておくよ。」

毎年恒例…自分の誕生日に、僕に遺言書を渡すという儀式を終えると、
山口は物言いたげな目で、こちらをじっと見つめてきた。

山口の言いたいことは…よくわかっている。
この間の、僕の誕生日の時に、山口から初めてプレゼントを貰った。
それは、遺言とは違い、開けてもいい『ラブレター』…
僕はその返事を、山口の誕生日にする…そう約束していたのだ。


ベッドの縁に腰かけると、山口もおずおずと隣に座ってきた。
僕が何を言いだすか…固唾を飲んで見守っている。
その『固唾を飲む』音さえ聴こえてきて、僕は頬を緩めた。

「そんなに緊張しないでよ…渡しにくくなっちゃうでしょ。」
「ごっ、ごめんっ!急かすつもりはなくて…っ!!」
今度は『わたわた』と慌てふためく音…なかなか面白い。
その姿に、僕はちょっとした悪戯心が芽生え…低い声を出した。


「僕の誕生日の時…山口、嘘ついたよね?」
「えっ!!?」
いきなりの尋問に、山口は跳び上がり、少し後ずさった。
一瞬で瞳の中に宿る恐怖の色…まさかそこまでビビるとは思わず、
今度は僕が『わたわた』と、慌てて弁解した。

「いや、別に怒ってるわけじゃないよ。むしろその逆…かな。」
あの日、『お誕生日会』の事前調査で力尽きてしまって…と、
『今更特別なプレゼントを用意する時間も余裕もネタもない』から、
散々迷った挙句、僕に『ラブレター』しか準備できなかったと言った。
封筒を開けた僕…あまりの衝撃に、『言葉にならない』状態だった。

中に入っていたのは、見覚えのある白黒のマス目…
山口自作の『クロスワードパズル』だったのだ。

「『時間も余裕もネタもない』…大嘘じゃないか。
   まぁ、『散々迷った挙句』というのは、本心だったろうけどね。」
この『ラブレター』に対し、その場で返事など、できるわけがない。
だから僕は、山口の誕生日までそれを待ってもらったのだ。

「それで、ツッキー…解けた?」
期待と不安が入り混じる表情で、山口は恐る恐る訊ねてくる。
僕は静かに目を閉じ、天を指差す…とみせかけて、
ゆっくりと『部屋の外』を指し示した。
「それは…山口自身が確かめておいでよ。」
今は10時半過ぎだから…『11時10分』までが制限時間かな。

僕の「スタート!」の合図で、山口は全速力で部屋を出て行った。



ポケットの中から、山口にもらったパズルを取り出す。
素人が作ったにしては、なかなかの仕上がり…本当に驚いた。
『酒屋談義』の事前調査と並行してこれを作ったとするなら…
山口が要した『とんでもない労力』に眩暈すらしてしまい、
10分程度で解いてしまったことを、心底申し訳なく感じてしまった。


(クリックで拡大)

謎解き好きな僕へのプレゼントとしては、『最高』のラブレター…
パズルを解くと、『ある場所』が示された。
指示された場所へ行くと、鍵が掛かった箱が置いてあり、
その蓋には、鍵を開けるヒントが貼られていた。

    月島蛍 + 山口忠 = 037743
    月島蛍 × 山口忠 = ?????

この数式の答えが、鍵を開ける暗証番号…
だが、この答えを割り出すのに、そこそこの時間が必要だった。
アナグラムや文字の置き換え等、様々な暗号解読方法を試み…
自分の頭の固さに呆れつつ、実に楽しい時間を過ごすことができた。


やっとその鍵を開けると、中にはプレゼントと思しき小箱と、
またしても暗号らしきメモが入っていた。

    4-1、4-5、8-6、9-8、6-7、8-1、4-10

この暗号こそが、山口からの本当の『プレゼント』だった。


謎解きを全て完了した時、解けたことの喜びよりも、
この問題を作ってくれたことに、心から感激してしまった。
僕も同じくらいの精度と難易度の謎を…と奮起したものの、
主体である『お誕生日会』の事前調査にも時間を取られ、
(しかも運悪く、次の『お誕生日会』の調査も迫っている)
山口なら30分もいらない程度の謎しか、用意できなかった。
…これは実に、悔しくてたまらない。近々リベンジしたいくらいだ。

あぁ…山口があの場所から出てくる、例の音が響いてきた。
予想通り…20分もかからなかったか。早いな。
バタバタと廊下を走ってくる足音…
僕は立ち上がり、山口を迎える準備をした。


**********


全力疾走で辿り着いた場所…鍵を閉め、深呼吸する。
自分が隠した箱を手に取ると、自分が付けたのとは違う鍵…

    (ツッキー、ちゃんと解いてくれたんだっ!!)

俺もツッキーも、幼い頃から『謎解き』が大好きだった。
でも今回、初めて自分で謎を作ってみたけれど、
作ること自体も大変だった反面…物凄く楽しい作業だった。
それ以上に、『解いてもらえた』ことが、嬉しくてたまらなかった。


箱の上には、鍵を開けるヒントのメモ。

    T○○○○T

「え…ヒント、これだけっ!!?」
TとTの間の○○○○…4桁の数字が答えなんだろうけど、
さすがにこれだけでは、かなり厳しい問題…
こんなの、30分で解けるわけがない。どどどどっ、どうしよう…

…いや、落ち着け俺。
ツッキーは俺なら30分以内に解けると確信し、時間制限を設けたのだ。
だとすれば、ヒントは今日の…『お誕生日会』のどこかにあるはず。

目を閉じて、再度深く深く呼吸をする。
今日みんなが用意してくれたネタを、頭の中で反芻する…


「あ…そういうことかっ!!」

お酒が入っていて、本当によかった。
俺はアルコールを飲むと、いつもよりずっと頭がクリアになる。
程なく閃いた数字を鍵に入れると…無事に開いた。
よしっ!!と、小さくガッツポーズをしながら、
落とさないよう慎重に、中身を取り出した。

箱の中は、俺が入れておいたプレゼントとソックリな小箱と、
小さな封筒に入った…ツッキーからの『返事』だった。


    お誕生日おめでとう  (5/9)
    この一年もつつがなく  (9/10)
    楽しくなると信じてるよ  (8/11)
    山口と暮らすようになって  (3/12)
    毎日が驚きの連続だよ  (5/10)
    僕を喜ばせようと  (2/8)
    いつも頑張ってくれる姿が  (1/12)
    僕を惹きつけてやまないよ  (4/12)
    これからもよろしくね  (6/10)
    幸せを本当にありがとう  (11/11)


「…っ!!ツッキー…」

入っていた『返事』は、紛れもなく『ラブレター』だった。
書かれた内容に、俺はまず感激し…涙ぐんでしまった。
ひとしきり一人でコッソリ幸せを噛み締め…気合を入れ直した。

「本当の『返事』は…この先!」
文章の横に書かれた、あからさまに怪しい…数字?日付?
これこそが、ツッキーから俺への、本当の『プレゼント』だろう。

再び黙考…だが、こちらは案外アッサリ解けた。
謎の難易度よりも、導かれた答えに、俺はまたしても幸せを…
いや、ココで一人で幸せを噛み締めるのは、
ツッキーから『勘弁してよ』と言われてしまうだろう。

同梱されていた小箱の包も解き、予想通りの『プレゼント』を手にし…
俺は急いで立ち上がると(ついクセで『ボタン』を押してしまった)、
来た時と同じように、全力疾走で寝室へと戻った。



「ツッキー!謎、解けたよ!!返事も…ありがとう!!」
「こちらこそ、改めてありがとう…と、よろしくね。」

走った勢いそのままで、ベッドに座るツッキーへとダイブした。
ツッキーは優しい笑顔で、俺をしっかりと抱き締めてくれた。



※次頁は『解答編』です。
   お時間ございましたら、クロスワード等で遊んで頂いた後、
   解答編をご覧下さいませ。


    →解答編へGO!





 

NOVELS