「黒尾さん、ちょっと休憩にしませんか?」
「お、いいねぇ~ちょうど集中力が切れたとこだったんだ。」
引越も終え、黒尾法務事務所の仕事も、本格的にスタートした。
とはいえ、今はまだ明光のところからの『雑務』がメイン…
納品修羅場以外では、赤葦や月島等の出番はほとんどなく、
黒尾と山口の二人で、大学帰宅後からのんびり業務を行う程度だ。
『本日分のノルマ』を、きっちり黒尾達へ指示し終えた赤葦と、
自分のノルマ…『本日分の経理』を終えた月島の二人は、
早々に事務所から姿を消し、日課となっている『付近探索』に出て行った。
ノルマを9割方完了させた所で、山口が『お茶の時間』を提案した。
先日、依頼人が手土産として持って来てくれた煎餅の缶を、
事務所隣室…応接室のソファーに座って開けていると、
氷を浮かべた冷たい緑茶を、山口が運んできてくれた。
来客がない時は、基本的にラフな格好…着慣れたジャージ姿で脚を伸ばし、
二人はまったり、夕方の『休憩タイム』に入った。
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「…平和、だな。」
「ホントに…平和ですね。」
涼しい室内で、冷たいお茶とお煎餅…
納期にかなり余裕がある仕事に、全くストレスのない同僚。
あと少し頑張れば、通勤ラッシュに揉まれることもなく、即刻帰宅可能。
帰ったら帰ったで、『癒しの存在』が待っている…
こんな贅沢な幸せが、あっていいのだろうか。
これを幸せと言わずして、何を言わんや、である。
「今晩のおかずは…何だろうな。」
「ウチは昨日のきんぴらの残りと…楽しみですよね。」
仕事がある平日、晩御飯を担当するのは、それぞれ赤葦と月島である。
今頃二人は、どこぞのスーパーで『本日のお買い得品』を吟味しつつ、
必死にレシピを検索し…頭を捻っていることだろう。
自分達のために、慣れない炊事をこなそうと奮闘する姿…感涙モノだ。
想像するだけで、黒尾と山口はちょっとだけデレっとしてしまった。
「黒尾さん達は、付き合い始めてすぐに同居でしたけど…
毎日が『新たな発見』なんじゃないですか?」
黒尾と赤葦は一月ちょっと前にようやく付き合い始め、
その直後にゴタゴタに巻き込まれ、結果として同居することになった。
同居が決まってからも、引越準備やら手続やらで東奔西走…
『付き合って一月』という『蜜月期間』を満喫する、時間的余裕がなかった。
「お見合いして、即縁談が纏まって…
次に会った時にはもう『夫婦』…ぐらいの『怒涛』っぷりだったな。
100年ぐらい前だったら、まぁ『普通』っちゃ普通なんだろうけどな。」
山口の言う通り、一緒に暮らし始めて、本当に毎日が『新発見』の連続。
自分は…自分達はお互いのことについて、知らないことばかりだった。
そして、大変幸運なことに、その『驚きの新発見』は、喜びの連続であった。
「『ヤべぇ、惚れ直しちまうぞ…』って、黒尾さんがデレデレしてる顔…
手に取る様に想像でき…って、今まさに『思い出しデレデレ顔』ですね。」
何というか、ゴチソウサマです~。
山口はそう笑いながらも、心底幸せそうな黒尾の表情に、
自分までも何だか嬉しくなってしまった。
いつもいつも、何かを背負い、人を導く立場だった黒尾。
『参謀』以外の姿がなかなか見えなかった赤葦以上に、
『主将』以外の黒尾の姿…内に秘めたる感情が、ほとんど見えないのだ。
この二人が、一体どんな生活を送っているのか…
ほぼ100%ノロケになるとわかっていたが、好奇心には勝てなかった。
「それで、黒尾さんが新発見した『赤葦さんの新たな一面』…
ちょっとだけ教えて下さいよ。」
山口の催促に、「んー、そうだな…」と、困ったような振りをしながらも、
『よくぞ聞いてくれました顔』で、黒尾は嬉々として語り始めた。
「昨日の夕方、ご飯を研ぎに上がった時なんだけどな…」
***************
「な、何やってんだ…?っと…ただいま。」
「ぅわっ!!?おっ…おかえり…なさい。」
洗濯物を取り込んで、晩御飯用のご飯を仕込もうと、
休憩がてら自宅に戻ると…布団の中に頭を突っ込んだ赤葦が居た。
少し前に帰宅し、ベランダから和室に洗濯物を入れてくれたのだろうが、
そこで、布団…正確には掛布団のカバーに、赤葦は頭から入り込んでいた。
黒尾が帰ってきたことにも全く気付いてなかったらしく、
声を掛けると盛大に驚き、汗だくで髪をくしゃくしゃにした赤葦が、
掛布団カバーの中から、モゾモゾと這い出して来た。
「洗濯物サンキューな。で…一体何やってんだ?」
乱れた髪を手櫛で直してやりながら、黒尾が状況説明を求めると、
赤葦は「見たまんまで説明不要だと思いますが…」と言いながらも、
洗いたてのカバーを持ち上げ、黒尾に見せた。
「昨日届いたばかりの布団に、洗ったカバーを付けていた所です。」
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黒尾達が住むことになった3階は、リビングからの続き間が和室だった。
畳の上でゴロゴロできることに歓喜した二人は、そこを寝室にし、
ベッドを購入せず、シングルサイズの布団を並べて寝ていた。
平均値よりも大柄な二人…畳だと布団から自由にはみ出せることもあり、
『和室に布団』を大変気に入っていたのだが…
真下の月島・山口宅で、ロータイプのシングルベッド2つを連結させ、
パっと見では『新婚さんのダブルベッド』を置いているのを見るにつけ、
ウチもせめて、『上』だけでも…と、ダブルサイズの掛布団を購入した。
時期的に、まだタオルケットで十分…この掛布団を使うのは大分先だが、
一緒に届いたカバーは付けておこうと、赤葦は奮闘していた…のだろう。
それは、物凄く嬉しい。嬉しいのだが…
赤葦は黒尾の困惑には気付かないまま、『掛布団に関する発見』を、
身振り手振りを交えつつ、黒尾に一生懸命伝え始めた。
「布団のカバーなんて、いつも母親が勝手に洗って勝手に付け替えて…
中身とズレないように、縛っておく紐があるなんて、知りませんでした。」
今までいかに母親に頼りっぱなしだったか…偉大さ痛感、ですね。
『家事』の広範さと要求されるスキルの高さに、眩暈がしそうです。
今度帰省する時には…甘いモノでも買って帰りましょうか。
「…そんなことよりも、一人でダブルサイズにカバーを掛けるのは、
思っていた以上に難儀な作業なんですよ…」
このでっかい袋の中に、でっかいふわふわの羽根布団を入れて…
これを入れるだけでも、かなり大変な作業だったんですが、
入れた後、ズレ防止の紐を結ぶのが、結構な難関なんですよ。
さすがに手を突っ込んだだけでは届かないので、仕方なく自ら入り込み…
紐が中途半端な長さで、蝶々結びにはちょっと短いですし、
洗濯後でふにゃふにゃして、更に結びにくくなってますし。
一番の難敵は、この中…めちゃめちゃ熱いんです。
折角洗ったのに…俺の汗で、台無しになってしまったかもしれません。
「次からは…冷房付けて作業しようと、今になって思った次第です。」
どうして最初から、ソレに気付かなかったのか…少々お恥ずかしいです。
そう照れ笑いしながら、赤葦は窓を閉め、エアコンのスイッチを入れた。
黙って『状況説明』を聞いていた俺は、何からツッコミを入れていいやら…
呆然とする反面、赤葦の意外な姿に…悶絶しそうだった。
再びカバーの中に潜ろうとする赤葦。
そうじゃねぇだろ…と言うべきだったが、その一生懸命さに水を差せず、
結局入口を大きく開きつつ、そこをパタパタと動かして中に風を送り込み、
赤葦が作業しやすいよう…できる限りサポートした。
「できました!!黒尾さんに手伝って頂けて…大変やりやすかったです。」
ありがとうございました。『二人』って…いいですね。
僅かに頬を緩める赤葦…ふわふわの布団ごと、黒尾は赤葦を抱き締めた。
「あーもう!何から言えばいいか、もうわかんねぇよ…
とりあえず…『高難度家事』をやってくれて、ありがとなっ!!」
頑張った家事を盛大に褒められた赤葦は、一瞬驚いた顔をしたが、
これ以上ないぐらい嬉しそうに微笑むと、黒尾の背に腕を回した。
*********************
「…ってなことがあってな。」
「それはそれは…」
とりあえずナニだけはツッコミ入れときました、ってオチですね…
というセリフを、山口はぬる~くなったお茶と共に飲み干した。
とは言え、黒尾が『思い出しデレデレ』してしまうのも無理はない。
「まさか赤葦さんが…本当に意外な『新発見』ですよね。」
「だろ?全国屈指の『超しっかり者』の狡猾参謀が、
家事…『未知の領域』に対して、こんな『ド天然』ぶりを曝すとは…」
それ…カバーを裏返した状態で、掛布団と紐で結んで、
その上でクルリとひっくり返せばいいんじゃねぇか…?
そうすりゃぁ、潜り込む必要もねぇし、ごくアッサリ出来上がる気が…
黒尾は何度もそれを言いかけたが…どうしても言えなかった。
汗水垂らしながら奮闘する姿に、誰がそんな無粋なことを言えようか。
いや…モゾモゾしながら、ひょこっと布団から顔を出す赤葦…
「まさかまさか、あいつを『可愛いな、おぃ!』と思う日が来ようとは…」
お前やツッキーは、ずっと前から『可愛いなぁ~』と思ってたが、
赤葦は…昨日まで一度も、考えたことすらなかったぜ。
はぁ~~~っと、桃色のため息をつく黒尾に、山口は驚いた。
「えっ!?そうだったんですかっ!!?
黒尾さん…赤葦さんのこと、一体どう思ってたんですか…?」
「なんか妙にエロい奴。」
ほら、あのツンと澄ました冷静さと、激情を併せ持つカンジだとか、
猛獣使いに見せかけて、自分の方がもっと危険な眼光してるとことか…
その他モロモロ、存在自体がエロいなぁ~って、高校ん時から思ってた。
「それ…絶対に赤葦さん本人に言っちゃダメですよ。」
確かに、黒尾さんの言うコトも…一理あるのだ。
ツッキーとはタイプが違うが、赤葦さんも相当なクールビューティー。
時々、やけにゾワっとする妖気を醸したり、ゾクリとする瞳で射貫かれたり。
最初、猛禽類に狙われたかのような、本能的恐怖?だと思っていたが…
付き合いが長くなり、自分もオトナになっていくうちに、
それこそまさに、『妖艶さ』という、色気の一種だと気付いた。
いち早くその蠱惑的な艶香に中てられ、悩殺されていた黒尾さん…
念願叶い、『愛と官能の日々』を送るようになってから、
全く予想していなかった、別の種類の魅力…『可愛さ』を発見したのなら、
それはもう…デレッデレに溺れて当然、かもしれない。
「意外な奴の、意外に可愛い面を知ると…オチるよな。」
「それに関しては…俺も力一杯『同意!!』ですね。」
実は、一昨日のことなんですけど…
今度は山口が、頬の端を緩めながら、嬉しそうに語り始めた。
***************
「成程ね…そういうことだったんだ。」
「ツッキー、どうしたの…?」
以前よりも格段に広くなった台所。
二人並んで晩御飯の準備をしていると、野菜を切っていたツッキーが、
包丁を持ったまま、納得顔で一人頷き始めた。
ちょうどお鍋に味噌を溶き終えた俺は、コンロの火を消し、
ツッキーの方に向き直った。
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「この台所、広いし綺麗なんだけど、何か『しっくり』こない気がしてたんだ。
昨日、上の階の台所を使って、そして今日ここを使って…やっとわかったよ。」
それは単に、新居の台所に慣れてないだけじゃ…?という俺のセリフに、
ツッキーは、「ちゃんと理由があったんだ。」と、首を横に振った。
「ここの台所…ちょっと『低い』みたいだよ。」
包丁でまな板をトントンと叩きながら、ツッキーはそう断言した。
言われてみれば…洗い物をしていた時、ちょっと腰が痛かったような…
引越疲れだと思っていたけど、今も味噌を溶くのに、いつもより屈んだかも…?
「この家の、前の持主…設計士夫婦の自宅兼事務所だったよね?
ここはその持主の自宅…きっと奥さんが、かなり小柄な人だったんだろうね。」
だから、ここには頭上に吊戸棚がない…おかげで頭をぶつけなくて助かってるけど、
その人に合わせて、若干低めに作られてるから、僕達には少々苦しいんだね。
上の階は、賃貸にしていたらしいから…そちらは『一般的な』高さのもので、
それを昨日、ツッキーは体感し…この僅かな違いに気が付いたんだろう。
さすがはツッキー、違いのわかる男だ。
「奥さんのために、そんな気遣いのある設計をしてあげるなんて…
きっと、凄く優しい旦那さんだったんだろうね~」
「『2LDK』のはずなのに、洋室2部屋の間は開放できて『一部屋』に…
それぞれ単独の個室が要らない程、仲の良い夫婦だったんだよ。」
施主が自ら設計に関わる注文住宅の場合、その家の間取りを見ると、
施主一家の人間関係や仲の良さが、ほんわかと伝わってくることがある。
奥さんが小柄にも関わらず、全身スッポリ浸かる程のデカすぎる風呂等は、
『一緒に入ってます♪』を如実に表す…というのも、その一例だ。
「『仲良し夫婦専用』の部屋…どうりで居心地が良いわけだね!」
「まぁね。台所の高さを除けば、最高に使い勝手がいいよね。」
だが、『台所の高さ』は、結構深刻な問題でもある。
特に料理を担当する時間が長いツッキーにとっては、腰への負担が心配だ。
逆に高さが高いのなら、スリッパとかで調整できるんだけど…あっ!
ちょっと思い付いた俺は、食卓の椅子をまな板の正面に置き、
ラグの上に転がしてあったクッションを、椅子の上に重ねた。
「ツッキー、ここに座ってみてよ!これなら…少しは楽かも?」
ツッキーは半信半疑のまま腰を掛けると、一度立ち上がり、
シンク下の扉を開いてそこに足を少しだけ入れ、再度椅子に座った。
「!!これは…ナイスアイディアだよ山口!実に『ちょうどいい』高さだ。」
「よかった!食卓用の椅子とクッションじゃ危ないから…
明日にでも、台所用の高めの椅子を買いに行こうよ!」
無事に『問題解決』できた俺達は、ニッコリ笑ってハイタッチ…
そこで、俺は何だか妙に『しっくり』こない…違和感を覚えた。
「…?どうしたの、山口?」
「っ!!?い、いや、なななな、何でもない…よ。」
固まった俺の顔を、心配そうに覗き込むツッキー。
その仕種で、俺は違和感の正体に気付いてしまった。
「ツッキーがそれ切り終わったら、すぐに炒めちゃおうねっ!
えっと…今日の味付けは、オイスターソース…っ!!」
動揺を誤魔化すために、俺はツッキーから顔を背け、冷蔵庫へ向かった。
調味料を取り出し、深呼吸して…コンロ前にゆっくり戻る。
フライパンを準備し、油を握り締めながら…真横のツッキーを盗み見る。
真剣な表情で、キッチリと幅を揃えて野菜を刻むツッキー。
人参の端っこ付近に到達し、一度手を止めてから…更に集中して切る。
椅子に少しだけ腰を預けているせいで、そのツッキーの顔が、
俺の目線よりも…ちょっと下にあるのだ。
(俺より、ちょっとだけ背が低いツッキー…初めて見たっ!!)
明らかな段差で、俺の方が随分高い位置に来ることはあった。
でも、ほとんど立っているのと変わらない形で、
真横にいる『俺より小さいツッキー』…しかも一生懸命な姿に、
胸をキュンっ…と、わしづかみにされたかのような衝撃を受けた。
(や…ツッキーが、可愛い…っ!!?)
*********************
「…とまぁ、そんなこんなで、『ツッキー可愛い!』って…
俺、人生初めて思っちゃいました。」
黒尾さんや赤葦さんが、時々ツッキーを『可愛い』って言ってましたけど、
俺にとってツッキーは『カッコイイ!!』ばっかりで…
どこら辺が『可愛い』のか、全っ然実感なかったんですよね。
「それがまさか、こんな些細なことで『可愛い』って思っちゃうなんて…」
いつもツッキーの後ろに隠れ、ツッキーに守ってもらうばかりだった俺…
見上げるだけだったツッキーのことを、ほんのちょっと見下ろし、
『可愛い』と感じ…挙句の果てに『守ってあげなきゃ!』とまで思ったのだ。
この新しく芽生えた感情に、ようやく自分達が『幼馴染』から抜け出し、
新たな一歩を確実に踏み出したことを、はっきりと自覚できた。
そのことが物凄く…嬉しくて仕方なかったし、
この喜びを、ツッキー以外の誰かに聞いて欲しくてたまらなかった。
「やっぱり、予想外の『可愛さ』…破壊力抜群だよな。」
「それと…『ノロケを言う』のも、実は大事なんですね。」
うんうん…と、深く頷き合う二人。
顔を上げると、どうしょうもなく緩み切った顔と、真正面から目が合い…
二人は慌てて表情を引き締めた。
「ま、今日の『会議』の結論はアレだな…」
「『幸せは日常の中にあり』…ですね。」
よしっ、あともう一息頑張るか!!
黒尾は頬を両手でパシパシ叩くと、気合を入れ直して机に向かった。
山口も同じように頬に気合を入れ、グラスを持って給湯室へ向かった。
***************
「暑いですね…帰る前に、ちょっと涼んで行きませんか?」
「賛成です。僕達も『お茶タイム』にしましょう。」
夕方の『探索』…買い物帰りの路地裏に、新たに発見した喫茶店。
静かな雰囲気が一目で気に入った赤葦と月島は、店の一番奥の席に陣取った。
きっと今頃、ずっと涼しい部屋に居たくせに、
事務所に残った『内勤組』も、のんびり休憩している頃だろう。
…そう考えると、『外出組』の二人は、心置きなくケーキセットを注文した。
「今日も、かなりの収穫がありましたね。」
「こんな近くに、古くからの商店街があったなんて…大発見です。」
節約も大事。だが、そのためにわざわざ遠方の激安店に行くのは論外。
徒歩圏内…夕方の散歩がてら行ける『生活圏内』で、
いかに時間及びエネルギー効率とのバランスを取るか…これが鍵となる。
「月島君の言う通り…主婦業は考察ポイントの宝庫ですね。」
「ちょっとした疑問は、日常生活の中にあり…です。」
最初はどうなることかと思っていたが、いざやってみると、
主婦業…家事は物凄く楽しかった。
何もかもが新鮮で、日々驚きの連続…好奇心を刺激してやまないのだ。
以前は、月島が家事をしている姿を、全く想像できなかったが、
「面白くて…赤葦さんも絶対ハマりますよ。」と断言された理由も、
月島が嬉々として研究に勤しんでいる姿も、今では手に取る様にわかる。
考察ネタが尽きないことも、主婦業が面白い理由の一つではあるが、
それだけじゃない…そのことも、赤葦はわかってきた。
「『ツッキーすごいっ!』って…褒められると、やりがいがあるんでしょ?」
「『お前がやってくれて、すっげぇ助かる。サンキューな…』
…ちょっとしたことに感謝されると、嬉しくて仕方ないんですよね?」
やらざるを得ない、やって当然の家事に対し、賞賛と感謝の言葉を貰える…
日常生活の些細なコトに、こんな歓びがあるなんて。
「『ツッキーお疲れさま!美味しいご飯ありがとう!』
…カンタンな一言で、全ての努力が報われるんですよね。驚くことに。」
「全く同感です。こんなにチョロくていいのかと…自分で驚いています。」
賞賛と感謝は、カンタンでチョロい言葉かもしれない。
だが、『やって当たり前』なことに対して、きちんとそれを言うのは、
長く生活を共にしていく中で、だんだん疎かにしがちになるのだ。
定型句かもしれないが、家庭内の挨拶と感謝…続けることが大切だ。
「同じ家の、下の階に降りるだけなんですけど…
『いってらっしゃい』と『おかえりなさい』は欠かさないようにします。」
「僕は、『おはよう』と『おやすみ』も…絶対欠かさないようにしてます。」
月島の言葉に、赤葦はなるほど!と手を打ったが、
すぐにニヤリと微笑み…ケーキのベリーに唇を軽く当てながら言った。
「月島君の場合は、『山口…今日も愛してるよ。』って…
毎日言い続けて、自分を慣らした方が良いんじゃないですか?」
赤葦は、からかうつもりで言ったのだが…月島はド真面目な顔で頷いた。
「そうなんですよ。毎日言ってれば…大分恥ずかしさも薄れてきました。」
逆に、僕からの『真っ向コミュニケーション』に不慣れな山口の方が、
しどろもどろで動揺しまくり…その反応が実に新鮮です。
恐怖やビビりで『おどおど』する山口は、それが『普通』なぐらいですけど、
照れまくって恥じらう方の『わたわた』は、かなり『レア』ですから。
『俺もちゃんと返事しなきゃ!』とか、『俺からツッキーに…っ』なんてのを、
一人で赤くなりながら葛藤している姿が、最高に『目の保養』ですよ。
「さっさと感情を露わにしとけばよかったと…ほくそ笑んでいる毎日です。」
「そ、そうですか…それはご愁傷さま…ではなく、ご馳走さまです。」
眩いばかりのイケメンが、デレデレとノロケる姿…目に毒だ。
聞いた自分の方が恥かしくなってしまい、赤葦はグラスの氷を噛み砕いた。
「ところで、赤葦さんの方は…『レア』な黒尾さんを発見しましたか?」
最後まで大事に取っておいた、ショートケーキのイチゴを口に入れると、
月島は『興味津々』な表情で、赤葦に問い掛けた。
赤葦は、ストローに口を付けたまま、何かを思い返すように天を仰ぎ…
少しだけ頬を緩めて、ポツリと呟いた。
「昨日やっと…黒尾さんの『寝顔』を見ることに、成功しました。」
「ね、寝顔…ですか?まさか今まで、見たことなかった…んですか?」
月島宅で『酒屋談義』をしていた時、何度も一緒にそこに泊まり、
黒尾よりも『後から寝て先に起きる』だった赤葦が…?
それに、一緒に生活を始めてから、もう半月近く経っている。
困惑気味に眉間に皺を寄せる月島に、赤葦は苦笑しながら説明した。
「黒尾さんの引越荷物…やたら『クッション系』が多かったんです…」
45cm×45cmの一般的なクッションから、60cmの座布団サイズ、
枝豆型の低反発タイプに、ペンギン型のひんやり抱き枕…
何故こんなに必要なのかを問うと、「これは床でゴロゴロする時用」とか、
「こっちは横向きで読書をする時に、股に挟む用」だとか…とにかく多い。
布団で寝る際にも、枕以外に常時3つぐらいが周りにあるのだ。
「あの、無重力系ツンツンヘアは、『寝癖』だと言ってましたが…」
「クッション等に頭部を挟まれて、うつ伏せ寝…本当なんですよ。」
クッションでも、枕でも、赤葦の一部でも…何でもいいのだ。
何かに顔を埋め、挟まれて寝たい…らしい。
「そんなわけですので、黒尾さんの『寝顔』…見たことなかったんです。」
こうなったら、何としてでも…見てみたいじゃないですか。
枕類を全部足元に蹴とばしてみたり、色々と試してみたんですが、
いつの間にか掛布団を枕代わりにして埋もれてたり…失敗の連続です。
「それが昨日、やっと成功した…と。一体、どうやって…?」
「それはもう、『絶対にうつ伏せになれないような体勢』で…ガッチリと。」
仰向けの体勢の黒尾を、ガッチリ固定し、そのまま寝落ちするのを待つ…
赤葦のカラダを張った『体力(等)勝負』の作戦に、月島は…黙って先を促した。
眠気やら何やら、イロイロ限界寸前でしたが…努力した甲斐がありました。
想像を絶する黒尾さんの寝顔に、俺はもう…別の意味で昇天しそうでした。
語彙力と表現力が乏しくて、この衝撃を上手くお伝えできず心苦しいですが…
「あの腹黒猫の下には…『天使』が居ました。」
俺は、あの寝顔が見られるのなら、週に一度ぐらいは『上』で頑張りますし、
何ならその寝顔を見ながら腹上死しても…きっと大満足で浮かばれますね。
恍惚とした表情で、桃色のナニかを振りまく赤葦。
冷静沈着な赤葦を、ここまでメロメロにしてしまう寝顔とは…
物凄く見てみたいような、絶対に見てはいけないような…複雑な気分だった。
「ま、まぁ…赤葦さんがお幸せそうで、何よりです…」
ようやく月並みな言葉を返した月島は、
これ以上の『桃色ダダ漏れ』は、色んな意味でアブないと判断し、
伝票を手に取って、そそくさと立ち上がった。
「それでは、そろそろ戻りましょうか…僕達の家に。」
「えぇ。愛する我が家に…帰りましょう。」
きっちりと『黒尾様』で領収書を切ってもらい、
赤葦と月島は、まだ暑さの籠る街を足早に歩き、家路に急いだ。
- 完 -
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※新居平面図は、架空のものです。
『わくわく妄想タイム』の一助になれば…本望です。
※熱く甘いキスを5題『1.恋の味を教えよう』
2016/08/25(P) : 2016/09/27 加筆修正