蛍応結着







「待って、山口…っ!」
「ご、ごめん、ツッキーっ!!」


今日は地元の花火大会…らしい。
このクッソ暑い中、仕事や学校や部活や家事を終えてクタクタになった後で、
なんでわざわざ、人混みに突撃しなきゃいけないのか…僕には理解不能だ。

そもそも、主催者たる神社の『何のためのお祭り(お祀り)か?』という主題や、
なぜお祭り騒ぎをすることで、祀られる側の慰霊や鎮魂になるのかも不明…
お祭り騒ぎ自体が主目的ならば納得できるが、真の意味で僕とは無関係の話だ。

だから僕は、部活終わりに誰かが花火大会の話題を持ち出した瞬間、
誰とも目を合わせずに「お先に失礼します。」と言い捨て、部室をあとにした。


「待ってよ、ツッキィィィィィーっ!」
「うるさい、山口。僕及び近所迷惑。」

僕より30秒ほど遅れて、山口も部室から飛び出し、僕を追いかけてきた。
その30秒間に、山口が何を仰せつかったか、手に取るようにわかった僕は、
「誰が何と言おうと、僕は絶対に行かないから。」と、視線で山口を制した。

だが山口は、ゼェゼェと呼吸を整えるフリをして、その視線を巧みに回避…
おどおど怯えた瞳で僕を見上げながら、小さな白い紙切れを差し出してきた。


「これは、レシート?紳士用浴衣セット(税込\7,560)×2…っ」
「俺の、おこづかい…3ヶ月分。」

「こっ、これが、何だって言うの…」
「人だらけのお祭りに行こうだなんて、俺は、ぜーーーったい言わないから…
   ツッキーんちで、俺に一瞬、着て見せてくれるだけでいいからっ!!!」

クッ…卑怯な手をっ!
この3ヶ月、山口が涙と涎を飲み込みながらおこづかいを貯めていたこと…
ポテトを諦め、てりやきバーガー単品のみでガマンしてたのを知っている僕に、
このレシート(と、山口の手)を振り払うことなんて、できるわけがない。


「来月分も、ほんのちょっと前借して、『How to KITUKE』って本も読破…
   俺、何回も何回も練習して、浴衣の着付けもちゃんとマスターしたんだよ!」

あと、おばさんに頼んで、お風呂も沸かしてもらってるし、部屋も冷えてるし、
晩御飯は焼きそば&たこ焼き、明光君もショートケーキ買って帰ってくれたし、
おじさんだって、この日のために『ペンギンさんかき氷機』を用意してくれた…
いちごシロップも練乳も、思う存分かけ放題だよ~!だから、お願い…っ

「………。。。」


最後の最後、『お願い』の部分を口に出さず、グっと堪えて飲み込む山口。
その方が、口に出すよりも威力増大…僕の口からも、ぐうの音が出なくなる。
予想できる範囲の『僕の屁理屈』を、完璧に封じ込めるとは、さすが山口だ。

「ぼっ、僕は、自分のウチに、帰るだけだから…」
「うん!じゃぁ…俺もこれから、ツッキーんちに遊びに行ってもいい?」

あー、ズルい。
これにいつも通り『好きにすれば?』と返したら、僕の負けが確定する。
誰に似たのか、山口は言葉尻を捕らえるのがやたら巧くなってきた。
「え、だって、俺の好きにしていいって言ったじゃん?」と、満面の笑み…
気が付けば、僕はあっという間もなく、浴衣に着替えさせられているはずだ。

だから、あえて何も答えずに、黙ったままウチに向かったけれど、
僕の言葉ナシも都合よく解釈し、山口はゴキゲンの笑顔でウチへ上がりこみ、
いつも通り一緒に風呂へ…そして、あっという間に僕に浴衣を着付けし始めた。


「ツッキーのはね、大好きなジンベエザメっぽい柄のを選んだんだよ~♪」
「ジンベエザメは『甚平っぽい柄の鮫』なんだから…本末転倒でしょ。」

「ちなみに、俺のは小判柄…ツッキーのコバンザメを、全力で主張してみた!」
「何で『大判鮫』じゃないのか…じゃなくて、金魚柄にしないだけマシだね。」

…等々、普段通りの他愛ない会話をしながら、山口はスムースに着付け。
僕のために何回も何回も練習したのは、嘘じゃないみたいだ。
まったく…報われるかどうかわかんないのに、無駄に努力家だよね。

   (無駄かどうかは…僕次第、か。)


「えーっと、ツッキー、あのさ、腕…」
「…上に、あげればいいの?」

「うん…あ、りがと。」
「…?」

上機嫌で着付けをしていたはずなのに、徐々に山口の口数が減ってきた。
笑顔も消え…顔をこちらに全く見せなくなったかと思えば、
蚊が鳴くような小声で「はぃ、完成…」と囁き…次の瞬間、猛然と走り出した。


「ご、ごめん、ツッキー!俺…帰るっ」
「…はぁ!?」

ズダダダダダっ!!と階段を駆け下りた山口を、慌てて僕も追いかける。
玄関先でもたついていた隙に追いつき、理由を問うべく腕を掴むと、
山口はそれを振り払い…ポソリ。

「浴衣のツッキー、カッコ良すぎて…見てらんない、から…帰るっ」

…はぃ?
何ソレ?意味わかんないんだけど…
そんなアレこと言われて、やすやす帰すわけないでしょ!!

   (『浴衣』の山口…堪能してないっ!)


一番手近(足近?)な場所にあった下駄に足を突っ込み、山口の後を追う。
カランカランコロンコロン!!と、二人分の下駄音をご近所中に響かせながら、
「待って!」「ごめん!」を繰り返し絶叫しつつ、慣れない衣装で全力疾走…

   (あ、暑っ…足、痛っ…)

山口も体力の限界が来たらしく、曲がり角の壁に手を付き、汗だくで荒い呼吸…
僕もようやく隣に到着し、壁に凭れ掛かって崩れ落ちそうな体を何とか支えた。

無駄な手間、かけさせないでよ…
さっさとウチに帰って、もう一回、一緒に風呂に入り直すからね。
焼きそば&たこ焼きに、ペンギンさんのかき氷、ショートケーキを味わって…
その後、練習の成果をもう一度…僕に浴衣を着せてその姿を目に焼き付けたら、
今度はそのお返しに、僕が山口の浴衣を脱がせてあげる…

…と、熱のこもった喘ぎ声で『今後の予定』を山口に伝えていると、
山口よりさらに奥…曲がり角の向こうから、思いもよらない声が聞こえて来た。


「お、山口と月島…間に合ったなっ!」
「もうみんな待ってる…行くぞっ!」

聞きなれたチームメイト達の無駄にデカい声と、それ以上に大きな…花火の音。
ここに至ってようやく、僕は山口に『してやられた』ことを理解した。
山口のくせに僕を振り回すだなんて、いい度胸してるじゃん。

   (覚悟は、できてる…ん?)


恨みがましく山口に視線を送ろうとすると、先にツンツン袖を引かれた。
そして、僕の耳元に掌を当て、コッソリ『ナイショ話』を囁いてきた。

「二人だけで抜け出して…ツッキーんちに、帰っちゃお?」

先輩達からの『月島連れて来い』も、ちゃんと達成…お勤めは果たしたからね~
足が痛くなった俺をツッキーが介抱してるうちに、みんなとはぐれただけ…

「…だよね?」


えへへ~♪と、嬉しそうに僕にしなだれかかり、足を引き摺るフリをする山口。
僕は心の中で「完敗だよ。」と呟き、山口を支えるフリをして腕を組んだ。





- 終 -




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2019/08/22    (2019/08/05分 MEMO小咄より移設)

 

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