青春之始







「ねぇ、きょう、ツッキーんちに、あそびにいってもいい?」


幼い頃から、ほぼ毎日言ってるセリフ。
帰りの学級会で「せんせいさよなら!」の後、続けざまに叫んだ『定型句』だ。
中学のバレー部でも、ミーティング後に同じセリフを毎日毎日言い続けてきた。

ツッキーからの返事は、その頃から一字一句変わっていない。
多分、同じクラスやチームの全員が、俺達のやりとりを暗唱できると思う。

   『…好きにすれば?』

これは勿論、「きてもいいよ。」という了承の意味…誰もがそれを知っていた。
だから、俺の忘れ物なんかが、ツッキーんちに届けられたことも何度かあるし、
ツッキー宛の言付けが、俺のケータイに届くことも…しばしばしばしば。。。
俺はツッキーの通訳だけど、伝書鳩になったつもりはない…ま、いいけどね。


この『いつものやりとり』…高校に入ってしばらくして、やめてしまった。
ツッキーんちに寄るのをやめたわけじゃないし、無断で寄ってるわけでもない。
大きく分けて2つの理由から、やめざるを得なくなったのだ。

まず1つ目。
単純に、俺達とは『はじめまして。』の人が周りにたくさん増えてしまい、
『誰もが知っている』やりとりでは、なくなってしまったこと。

顔面と頭脳と身長偏差値が、無駄にハイレベルに成長してしまったツッキー。
そんな彼と一緒に帰ったり、おウチに遊びに行ったりする仲になりたいと願い、
ツッキーにアタックしようと奮闘…したくても、俺が常に邪魔している状態。
最初のうちは「二人はいつも仲良しだよね~」と好意的でも、すぐに暗転…
敵意剥き出しの「二人はいっっっっっつも仲良しだよねっ!」に、変わるのだ。

俺がツッキーに不釣り合いな、超地味キャラなことは、俺が一番わかってるよ。
だから別に、俺自身が悪し様に言われるのは、もう慣れっこ…どうでもいい話。

問題は、ツッキーの定型句『…好きにすれば?』の方。
ツッキーのことを…これが『いいよ。』の了承の意味だと知らない人が聞くと、
すっごい冷たくてヤな奴だと誤解され、評判ガタ落ちになっちゃうのだ。
多少は合ってても、真実以上に評価を落とすのは、さすがにツッキーが可哀想。


そして、この『よく知らない人』の中には、俺の通訳が効かないタイプもいた。
常識だとか、空気読むだとか、そういうオプションのない、ストレートな方々…
「んじゃ、俺も月島んちに行く!」「お前が行くなら俺も行くぞ!」と、
『好きにすれば』を自分に都合よく解釈してしまう…部活の同僚が、約2名。

あからさまに嫌そうな顔をしても、それって『いつも通りの顔』でしかないし、
直接「迷惑だから来ないで。」と言ったとしても、それも全く意に介さない。
「何で山口はいいのに、俺と影山はダメなんだよっ!?」と突っ込まれ…
面倒臭そうに「じゃあ、山口も来ないでよ。」と、問答無用で全員拒否された。

俺にしてみれば、ただのとばっちり。
ツッキーの傍にいると、このとばっちりだって『いつも通りのこと』だけど、
今後の面倒を避けるためにと、『いつものやりとり』すら禁止されてしまった。

   (全くもう…極端なんだから。)


確かに、ツッキーの言うことは一理あるし、面倒臭いのも間違いない。
それでも、俺達にとって大事なやりとりを、たったそれだけの理由で…?

   (ホントに、やめても…いいの?)

さすがの俺も、これはちょっと面白くないし、もやもや~っとしてしまう。
かといって、言えばツッキーが機嫌を損ねて、もっと面倒臭いことになるし、
でも、習慣ってそんな急にはやめられないから、つい慣性で…お互いにポロリ。

な~んだ、ツッキーだってやめられないんじゃん♪
このまま惰性で…周りの人に『いつものやりとり』だと認識して貰っちゃえ!
(※ただし、同僚2人に通訳する努力は続ける必要アリ。)

こうして、俺は『なぁなぁにしてしまえ大作戦』を決行しようとしたら…
俺よりもずっと賢くて狡くて往生際の悪いツッキーが、先手を打ってきた。


まだ誰も来ていない、黄昏時の部室。
二人きりなのを確認した上で、着替えの途中に「あ、そう言えば…」と、
何でもない世間話風を装って、『いつものセリフ』をこっそり囁いてみた。

俺の不意打ちに、ツッキーは目を見開いてたじろいだ…ほんの一瞬だけ。
誰に習ったんだか知らないけれど、腹黒そうなニヤリ顔をみせたかと思えば、
俺の真正面に立つ…ではなく、真横を通り過ぎながら、ポソリと一言呟いた。

   『…好きにするよ?』


いつものツッキーのセリフとは、最後のたった2文字が違うだけ。
でも、このたった2文字の違いで、『真逆』になってしまったのだ。

『すれば?』の方は(内実はともかく)、字面的には選択権が俺にある。
一方の『するよ?』は、文字通りツッキーがしたいようにするという意味…
どんな文言だろうと、いっつもツッキーはやりたい放題という説もあるけれど、
これは「僕の好きにさせて貰うから。」と、堂々と宣言されたことになる。

   (好きに…ナニ、するつもり…っ!?)

高校に入って、俺達のカンケーもビミョーなアレに変わってしまい、
ツッキーんちで、イロイロと遊んで(玩ばれて)…イく、的なことも多々多々。
即ち、たった2文字変えただけで、「ウチにきたら(イロイロ)ヤるよ?」と…
ど真ん中どストレートな事前予告(お誘いではない)に、激変したのだ。

   (もう、言えないじゃん…っ!!)

今後また、俺が『いつものセリフ』を公の場でポロリしてしまえば、
ツッキーは容赦なく、この『2文字違いバージョン』を返してくるはずだ。
そんなの、俺にとってはとてつもない羞恥プレイ…ホント、卑怯極まりない。


…これが、俺が『いつものセリフ』をやめざるを得なくなった、2つ目の理由。
俺は涙を飲んで、長年続けてきた『いつものやりとり』を封印…
たった2文字で、ツッキーにしてヤられた、というわけだ。

   (ちょっとだけ…悔しい。。。)

言葉ではやりとりしなくなっても、「当然ウチに寄るんデショ?」みたいな顔…
無駄にイケメンなせいで、下心が表に出にくいツンデレ野郎めっ!!ズルいっ!
本当に悔しくて堪らないけど、俺には勝ち目なんてこれっぽっちもないし、
やっぱりその、ツッキーんちにはアソビにイきたいのも、隠しようのない事実。
(残念なことに、俺は下心もバッチリ顔に出ちゃう、デレデレ仕様。)

仕方なく、俺が取った方法は…

  
   赤く染まる顔を見られないように、
   ツッキーの真正面から…ではなく。
   何気なく、真横を通り過ぎがてら、
   小指でツンツン…小指にオネガイ。


周りの誰にも気づかれることなく、俺の意思をそっと…小指で伝える。
ほんの僅かな触れ合いでも、ツッキーはちゃんとそれを受け取ってくれて…
俺の小指に小指を絡めて、『いいよ。』と返してくれるようになった。

『いつものセリフ』は、もうなくなってしまったけれど、
『いつものやりとり』は、これからも新しいカタチで続いていく…


「ホントに山口は…ズルいよね。」




- 終 -




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2019/03/19    (2019/03/14分 MEMO小咄より移設)

 

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