※審判によっては、累積警告対象のオトナ向け表現がございます。苦手な方はご注意下さい。



    黄色反則







「ツッキーのとこ、ルールブックあったよね?
   今日これから…ちょっと見に行ってもいい?」


土曜の休日練習の帰り道。
まだ日没より大分早い時間だったが、
別の部活が体育館を利用するとのことで、排球部は撤収となった。

まだ明るいうちに部活を終えろとの命令に、
不平不満を絶叫する奴らも数名いたが、
そいつらは…『まだ明るくなる前』からやっていた。

「せめて休日ぐらいは勉強してください。」という、
顧問・武田の『涙ながらの懇願』に渋々従い、帰宅準備をした。


休日には『休息』という大事な役割があると認識している僕は、
休日出勤した日に、更なる残業など以ての外…
ましてや、『先輩より先には帰れない』などという、
日本企業の意味不明な『悪しき風習』に囚われることもなく、
誰よりも先に着替え、きちんと挨拶した上で(山口が)、早々と帰路に着いていた。


のんびり歩きながら他愛ない話をしていると、
山口は思い出したかのように、ウチに寄りたいと申し出た。

今日は休日なのだ。特に用事がなくても寄るつもりだったろうが、
(僕の方も、山口は当然寄って行くものだと最初から思っていた)
山口が言いだした『口実』に、少々興味を引かれた。


「ルールブック…競技規則だね。勿論、見に来てもいいけど…急にどうしたの?」

毎年のように改定される競技規則。
それに対応すべく、毎年バレーボール協会から、ルールブック…競技規則書が発売されている。
ホームページ上で公開すればよいものを…と、内心思う。

とはいえ、競技をするには、まずそのルールを知る必要がある。
その為、ウチには兄が入手した最新版規則書が常備されている。
(何処ぞからの頂き物か、はたまた自腹購入かは不明。)

「こないだサッカー部の奴に聞かれたんだ…『バレーっていつでも脚使っていいのか?』…って。
   確か、サーブの時は『片方の手又は腕の部分で打つ』だから、
   脚はダメだったよな~って…その確認がしたかったんだ。」

脚の使用が可能になったのは1995年の改定である。
その時期までに体育の授業でバレーを履修し、
その後、バレーと触れ合う機会がなかった人々にとっては、
未だ『腰より下も使用可』という改変に違和感を覚えるようだ。


「そうだね。脚でもレシーブ等のプレーは可能だけど、
   サーブに関しては別規定があるから、反則になるね。」
「もし足でサーブ打てるのなら…サッカー部員は、フローターサーブもできちゃうよね。」

サッカーボールとバレーボールでは、後者が重さで約40%も軽く、
気圧(内圧)も低いため、非常によく弾む。
フットサルボールは、サッカーボールよりも更に弾みにくいため、
それらの蹴球経験者が『よく弾む』バレーボールを蹴ると、
割と簡単に無回転シュート…フローターサーブが打ててしまう。

「バレーボールを蹴ったら、物凄く気持ちいいらしいけど…
   俺らにとっては、ちょっと…複雑な気持ちだよね。」

『脚は御法度』だった世代の人だけでなく、バレーボールを『蹴る』ことに関しては、
排球経験者にしてみれば、あまり良い気分とはいかないだろう。
そこまでではなくても、易々とフローターサーブを打たれると…
山口は特に、少々『いただけない』思いを感じてしまうだろう。

「同じ『球技』でも、『反則』とされるものは全然違うからね。
   単に『競技上のルール』というだけじゃなくて、競技独自の作法…
   何が『非紳士的行為』に当たるかも、当然違ってくるだろうしね。」

「逆に、サッカーの時に、思わずボールに手を出したら…」
「当然ながら、大顰蹙だろうね。だからってキーパーやっても、
   『叩き落とす』はできても、『キャッチ』しろと言われると…難儀するかもね。」


それぞれの世界には、それぞれのルールがある。
それ故に、『郷に入れば郷に従え』という格言があり…

「『部外者』を排斥するんじゃなくて、
   『そういうもんだ』って寛容する気持ちが大事ってことだね。」

山口の言うことは正しい。だが…理想だ。
世界中で争いが絶えないのも、それが困難であるという証左だろう。
かと言って、それを断念するわけではない。

「僕はね、人と喧嘩してまでも通したいような『我』…
   『譲れない』ものなんて、実はそんなにないと思うんだ。」
だからこそ、『仁にあたりては師でも譲らず』…
自分が『これだ!』と思うものがあれば、先生相手でも譲るな…という、
逆説的な箴言が重みを持つのだろう。

「ツッキーって、勝手に喧嘩を売られることは多々あっても、
   自分から『マジ喧嘩』…なんてしないもんね。」
「喧嘩で解決できるものなんて、それこそレアケースだよ。
   意見の相違があった場合、それを解決するには…議論してそれを擦り合わせるしかない。
   それが無理なもの…『譲れない』もの同士の対立である場合は、
   喧嘩そのものを回避するのが、一番賢いんじゃないかな。」
それこそが、互いの尊重…山口の言う『寛容』ではなかろうか。


「俺、ツッキーでよかったな…」

自宅の門扉を抜け、あと数歩で玄関というところで、山口がしみじみと呟いた。

聞きようによっては、随分と熱烈な…
自宅前でサラリと聞くようなものじゃないセリフに、
僕はギクリと立ち止まり、ごく小さな声で聞き返した。

「いっ…いきなり、何…?」

僕の焦りを知る由もなく、山口は朗らかに笑って宣った。

「だって、小さい頃から『至近距離』の環境で育ってるから、
   『譲れないもの』…価値観の相違で衝突することもないし。
   無益な喧嘩を極力避けるっていう考えも同じ…要は、『仲良し』ってことだしね。」

だから俺…本当にツッキーでよかった!


無垢な笑顔から逃れるように、僕は早口で釘をさした。
「喧嘩の回避と、反則行為を赦すかどうかは…別次元の話だからね。」

それは勿論だよ!と、素直に返事をする山口。


「とりあえず、さっきみたいなセリフは…僕の部屋以外では『反則』だから。」

『?』と共に首を傾げる山口をよそに、
僕はいつもより大きな音を立てて玄関を開けた。





***************





お邪魔します~と、声を張り上げると、リビングから「お帰り~」と返ってきた。

ご飯までもうちょっとあるから、先に二人でお風呂と洗濯しといてね~

…という、おばさんの言葉…長年親しんだ『月島家』のルールに従い、
俺とツッキーは、練習着と今着ているものを洗濯機にかけ、一緒にお風呂場へと突入した。


小さい頃から、月島家に泊まる際は、洗濯&入浴、その後洗濯干し…というローテーションだった。
汗まみれの部活着を、鞄の中で一晩『熟成』という、危険きわまりない『発酵』を防ぐこともできるし、
おばさんに洗濯の手間を余分にかけることもない。

更には、キレイになった服を持って月島家から出勤できる…
ぎりぎりまでツッキーとのんびりできるという、大変素晴らしい利点もある。
実に月島家らしい、効率的なルールなのだ。

ということは、今日俺は…月島家にお泊り確定か。
…少なくとも、おばさんの中では。


決まりきった順序で頭と体を洗うと、向い合わせで浴槽に浸かる。

成長とともに狭く感じるようになる少し前に、タイミング良くリフォームされた浴室は、
二人で入っても十分リラックスできる程の広さがあった。


互いの脇の下に伸ばされた両脚に、両肘を乗せて寛ぐ。
湯気の向こうに見える、水分を滴らせる黄色い髪…その色で、先程の話の続きを思い出した。


「さっきのサッカー部の話の続きなんだけどさ…
   バレーなら『スカイラブハリケーン』ができるか?…って。」

スカイラブハリケーンとは、伝説的サッカー漫画に出てきた技である。

一人がピッチ上に仰向けになり、その上げた両足裏を発射台とし、
もう一人がそこに飛び乗り、互いの脚を屈曲した状態から…一気に伸展して高所へと跳躍(発射)。
そこに上がったセンタリングに合わせて、飛び上がった選手がシュートを打つ…という、
いかにも漫画らしい『とんでも技』だが、サッカー小僧ならば一度は(プール等で)試したものだった。

「技術的には…実は可能らしいんだよ。ちゃんとそれを科学的に研究した人がいるみたい。」
「えっ!?そうなの?」

「バック宙を連続10回できる筋力があること…とか、天然芝とか、
   様々な条件があるんだけど、実現の可能性はアリなんだって。」

刻一刻と状況が変化するサッカーでは、それを使うタイミングは皆無。
だが、攻撃に『タメ』を作れるバレーであれば…

「スカイラブからのスパイクも…理論上は可能だね。」
「尋常ではない跳躍力と体感のある『小柄な選手』と、跳び上がった先に神業的精度で送り込む『トス』…
   あとは、強靭な下半身の持ち主たる『大柄な発射台』があれば…理論的には可能だよ。」
「…意外とすんなり、実現可能かもしれないね。」

3つのうち2つも、既に自分のチームに揃っていたとは。
結構『とんでもない』奴らとチームメイトだったことを、俺たちは今更ながら再確認した。


「とは言え、本当にバレーでそれをやったら反則だけどね。
   『アシステッド・ヒット』…他選手や会場内のものを利用してのプレイは、明確なルール違反だからね。」
後で『競技規則』を確認しておくといいよと、ツッキーは言った。

「もしやるとすれば、反則や警告をも受け入れる度胸と、
   『やる』こと自体を許してくれる、チームメイトの優しさ…これらも必要になるってことだね。」

本当にスカイラブなどの『とんでも技』が可能なのであれば、
観てみたい気はするが、それは『観客』としてである。
もし自分のチームメイトが…と思うと、『看て』いられない。
怪我したりさせたり、試合を台無しにしてしまったら…

『許容』や『寛容』は、それらをすべて受け止める『度胸』や、
『優しさ』がないと…本当に難しいことなんだろうな。

「…ま、僕は実行前の許容も、実行後の容赦もしないけどね。
   大体、サッカーでやったとしても『非紳士的行為』…危険行為でイエローカードかもしれないし。」
「そう言えば、オーバーヘッドキックも危険行為とみなされたら、
   イエローカードの対象になり得るって…どこかで見聞きした気がする。」
無責任な観客としては…ちょっと残念ではある。


「そんなにスカイラブがやりたいんだったら、バレーじゃなくて、『ボサボール』をオススメしたいね。」
「ボサボール…?何、それ?」
聞いたことのない…たぶん球技名を、俺はツッキーに聞き返した。

「エアクッションのコートで行われる、5対5のバレーボール…みたいなもの、かな。
   最大の特徴は、フィールドの中央にトランポリンがあるんだ。」
「…は?トランポリン…?」
「バレー、フットボール、トランポリン、カポエラ…これらを融合したような、エクストリームな競技らしいよ。」
「それなら…スカイラブもやりたい放題だね!」

トランポリンで高く高く跳び上がり、有り得ないような高所からのオーバーヘッドスパイク…

「まさにエクストリーム!!ぜひ観てみたいね!!」
「ちなみに、審判にはマイクとホイッスルだけじゃなくて、楽器とDJセットを使うっていうルールもあるよ。」
「DJポリスならぬ、DJ審判…選手以上のハイスペックが必要かも。」


大興奮必至の変わり種バレーに想像を膨らませたせいか、ちょっとだけのぼせてきた。
そろそろ風呂から上がろうと、少し腰を浮かせると、
ツッキーも同じように体を起こし、風呂の淵に腰を掛けた。
『足湯』のような格好で、俺もツッキーの隣に座った。


「ボサボールは、常人の僕らにはちょっと敷居が高いけど、
   僕らにもできそうな『変わり種』バレーもあるんだよ。」
そういうと、ツッキーは俺の両手首を掴み、そこに髪色より少し濃い、黄色のタオルを巻きつけた。

「『手錠バレー』…自由を奪われ大興奮!らしいよ。」

上気した頬。湯気で霞む視界。
湿り気を含み、体中を包むかのように響く声。
視力を補うために細められたツッキーの瞳が、それらと相まって、妙な色気を放つ。

『日常』から『非日常』へ…
奇襲のように、ツッキーはスイッチを切り替えてくることがある。
これもまた、過激で極端…エクストリームな反則だ。


「いきなりコレは…『非紳士的行為』だと、思う…」
「『イエローカード』の意味も、競技によってまちまちだからね。
   山口の出すイエローカードは…どんな意味なの?」

わざとらしく『よく見えない』といった表情をしながら、
ツッキーは自由を奪われた手首を引きながら、顔を寄せてきた。

目に掛かる自分の黒髪と、目前に迫るツッキーの黄色い髪…
二色のコントラストが、脳内に警告を発する。
その警告を無視するかのように、俺はゆっくりと目を閉じる。
ツッキーの吐息が、水滴とともに頬を掠める。



「ちょっと~!いつまでお風呂で遊んでんの~?
   もうすぐ晩御飯できちゃうから、お片付けして上がってね~」

ガチャリと突如開いた、浴室の外…脱衣所の扉。
今まで何度も聞いた、『月島母』定番のセリフ。
そしてまた、同じ勢いで閉まる扉と…遠のく足音。

浴槽内にトランポリンが仕掛けられていたかのように、体と心臓が跳ね上がっていた。



「お…おばさんも、なかなか…エクストリーム…」
「『非淑女的行為』…とんでもない『反則』だよ。」


イエローカード×2枚。
二人揃って、静かに浴槽フィールドを退場した。





***************





洗濯物を干し、晩御飯を頂く。
今日の月島家のメニューは、黄金色のオムライス。

何だか今日は、『黄色』がよく出てくるなぁと思っていると、ツッキーの方もそう思っていたみたいだ。

部屋に戻り、床に来客用(俺専用)布団を敷き終えると、
ツッキーは百科事典を取り出して『色』のページを開き、その布団に腹ばいになった。

これも、幼い頃からの『月島家の夜』の定番…
布団に転がりながら、図鑑や辞書で遊ぶ…『雑学考察』の時間だ。

俺は本棚から古語辞典を拝借してツッキーの横に伸びると、
辞書の最初の方にある『付録』ページを開いて置いた。


「今日のテーマは、とりもなおさず…『黄色』だね。まずは…『黄色』とはどんな色か?」

ツッキーの最初の問いは、いつも考察対象の『定義』からだ。

「色を言葉で伝える時の基本になる、『基本色』の一つで、
   『ヒマワリの花弁』とか、『卵の黄身』のような色…だね。」
「語源は、『金』や、草木染から派生した『木』とか、もともとは『くいろ』…『栗色』という説もあるね。」

こうして『色』を言葉で説明するのは…結構難しい。
色を知覚し、脳でそれを解析する際には男女差があるが、個人間でも勿論その差があるだろうし、
色の表現ともなれば、地域や歴史の差も当然出てくる。
そのため、国際的に『色』を規定する、様々な方法がある。

「一つの定義付けとして、RGBカラーモデル…赤(Red)・緑(Green)・青(Blue)の、
   三原色を混ぜた表現で、RGB(225,225,0)…赤と緑の中間色、かな。」
「液晶ディスプレイとか、画像処理での表現方法だね。
   ホームページのデザインとして使うウェブカラーだと、『#FFFF00』が『yellow』だけど…『檸檬色』に近いね。」

同じ『黄色』でも、色調や明るさで随分違う。
俺は真横の『黄色』…クセのあるツッキーの髪を触りながら、
古語辞典の『日本の色』というカラーページを指差した。

「ツッキーの髪の色って…どれが一番近いかな?
   砥粉色…刃物を研いだ時にでる、砥石の粉の色とか、 梔子色…クチナシの実で染めた色かな?」

同じ『黄色』の枠に入る、チームメイトの髪色…
蜜柑色とか橙色、または鬱金色…より、赤味が弱く、落ち着いた色だ。

「クチナシの実は、漢方では消炎・解熱作用だね。鬱金(ウコン)は、英名ターメリック…カレーの色。」
名は体を表すというが、色も体を表している。


「『色』の持つイメージとか、心理的効果があるでしょ?
   『黄色』といえば、明るい、楽しい、活発、ひょうきん、 あとは幼いとか、陽気っていう雰囲気があるけど…」
「それは、僕じゃなくて、『お日様カレー』系の方だね。
   黄色は陰陽五行説で『中央』…皇帝を表す色だけど、そういう『ド派手』で『真ん中』なイメージは、
   全部『アチラさん』に、喜んで贈呈してもあげてもいいよ。」
危険や緊張…『警告』系は、全部引き受けてあげるよ…と、
ツッキーは自虐してでも『一緒にしないで』と主張した。

全くもう…。
俺はツッキーに見えないように苦笑いを溢し、『ツッキーっぽい黄色』についての考察を開始した。

「『黄色』のイメージのある『性格』でいうと、好奇心旺盛、知識欲が強い、毒舌家、頭の回転が速い、
   あとは批判家にマイペース…このあたりが、ツッキー系だね。」
「黄色の文房具を使うと計算ミスが少ないという研究結果もあるし、
   黄色い宝石・トパーズも、ギリシャ語で『探し求める』…石自体の意味も、『直観力と洞察力』らしいよ。」

また、黄+黒の目立つコントラストが、『警告色』な理由は、
黄色が交感・副交感神経を刺激し、注意喚起を促すためであり、
それ故に、試験用文房具に向いているのかもしれない。


黄色と言えば…俺は、かねてからの疑問を口にした。
「よく芸能人とか、どっかの大王様とかに、女性から送られる…なんで、『黄色い声援』って言うんだろう?」

イメージとしては…桃色でも良さそうなのに。
ずっと昔から、疑問に思っていたことだった。

「黄色い声援…女性の甲高い声は、音階で言うと『ラ』…赤ちゃんの泣き声と同じ音になるんだ。」
「確かに…どちらも高周波の『高い音』だよね。」

「また、世の中には、『音』から『色』を感じる人…『色聴』を持ってる人がいるみたいなんだ。
   その人たちが言うには、『ラ』は『黄色』なんだって。」
「赤ちゃんの泣き声も、『ただごとではない』…警告だね。」
『声色』とか、『音色』といった言葉も、色と音が関係しているからこそ、生まれた表現かもしれない。

「あとは、お経のメロディに由来するっていう説もあるよ。
   お経にも抑揚というか、メロディがあるんだけど、 経典の文字の横に、
   音譜の代わりに様々な色の墨で印をつけて、音の高低を表していたらしいんだ。
   それで、一番高い音が…黄色。」

子どもは色聴を共有し、原始人も所有していたらしい。
かなり昔から、『高い声=黄色』は、人類の共通認識だったかもしれない。

「色も音も、どちらも波形…周波数で表すことができるから、そういう知覚ができるのかな。」
「そこはまだはっきりとはわかっていないみたいだけど、
   色彩と音楽の『同時演奏』も…将来的にはできるようになるかもしれないね。」


足元に畳んでおいた布団を、ツッキーは二人の上に掛けた。
シングルサイズからはみ出さないように、少しづつ距離を詰める。

布団の中で、短パンから出た素足が触れ合う。
すべすべとした人肌と布団の感触が、何とも言えず…心地良い。

  無意識のうちに、お互いに脚を絡ませ、擦り合わせる。
  布団から出ている片腕は、何でもない振りで辞書を捲る。
  布団の中では、もう片方で互いの下肢を覆うものを捲る。


「競技によって意味が違う『イエローカード』だけど、
   共通するのは『非紳士的行為』…その代表は?」
「人体の…『急所』への攻撃、だよね。」

  腹這いでは、少々『苦しく』なってきた。
  お互いの方を向くように、体を横に向ける。
  『急所』を避けるように、腿の外側を撫で合う。

ツッキーは古語辞典の別ページを開き、『考察』を続ける。

「平安時代の、代表的な建築様式…『寝殿造』にも、 『急所』っていう施設があるんだよ。」
ここだよ、と指した場所は、『休憩所』だった。

「残念ながら、『ご休憩所』とは書いてない…みたいだね。
   そもそも『寝殿』だって…『寝所』じゃなかったよね。」

布団の中の片腕を牽制するかのように、俺もわざとらしく『考察』を続ける。

「『寝殿』は『居室』…でも、『僕の部屋』に関して言えば、
   居室イコール寝所で間違ってない…でしょ?」
『急所』に触れる、反則行為。
俺の返事は、鼻から抜ける『ラ』の音だった。


「本日の『考察』の結論。中国で『黄色』は、日本で言うところの…『ピンク』なんだよ。」

俺の目の前を覆う、本日二度目の『イエローカード』。
ドンドンと下から響き、上昇してくる鼓動…



…ではなかった。

ツッキーは憤怒の表情で盛大な舌打ちをすると、
「絶対に『寝たふり』を通してね。」と、早口で俺に指示すると、
俺の頭まで布団を被せ、自分は腰から下を布団に入れたまま…上体を起こして座った。

次の瞬間、バタン!と扉が開き、 もう一人の『警告色』が飛び込んできた。





***************





「蛍、ただいまー!!って、うわぁぁぁぁっ!!!?」
「シッ!…起きちゃうでしょ。」


人差し指で『黙れ』サインを出すと、 闖入者…兄・明光は、
両手で口を覆い、静かに扉を閉めた。

「…じゃ、邪魔してスミマセン…って、何だ、忠か!
   はぁ~ビックリした!一瞬俺、蛍が誰か連れ込んでるのかと…
   このウチには家族がいるのに、どっ、堂々と、ど、どど同衾とかは…『反則』だぞ!」
「ノックもなしに入ってくる兄ちゃんも、十分反則だけどね。」
「くぅ~~っ!相変わらず可愛くない!!」

明光はヘロヘロと扉の前に座り込み、
小さくとも十分聞き取れる声(その程度で山口は起きない)で、ホッとしたように喋り始めた。


「お前ら、未だに『図鑑見ながら寝落ち』してたんだな。こんなにデカくなったのに…忠は可愛いなぁ。」
「じゃぁ、その『可愛い担当の弟』のためにも、 セミダブルぐらいの布団を買ってやってよ。」
「今度は『販促』かよ…ホントにお前は可愛くないな。」
そう言いつつも、散らばる図鑑や辞書と、相変わらず仲の良い『弟たち』に、明光は優しく微笑んた。

「…で、『非紳士的』な兄上は、一体何の御用ですか。」
「取引先からカステラをたくさん貰ったから、お裾分けに。」
「越後屋さん?」
「お主もワルよのぉ…って、俺は悪代官か!」

さっきの『黄色のイメージ』にあった性格…
フレンドリー、お調子者、周りの状況を考えない、無神経…こっちの『黄色』には、これらが当てはまる。

布団の中で、山口は笑いを堪えた。
その動きで、髪がふわりと、露わになっている腿を掠める。
ビクリと痙攣したのを誤魔化すため、片膝を立てた。

「それはそれは、わざわざご苦労サマでした。明日、山口と一緒にイタダキマス。」
シッシ…と、『さっさと帰れ』を掌で示す。


「ホンッッッット~に、お前は可愛くないな! つくづく思うけど…忠が居てくれて、蛍は良かったな。」
「『可愛い弟』を僕がやらなくて済んでるからね。」
「それもあるけど! 忠のおかげで、今の蛍が…俺ら兄弟があるなって。」

一時期は没交渉だった兄。
こうして普通に喋れるのも、山口あってこそだ。

腿に触れる髪を除けながら、ふと思った。
この髪色は、『藍墨茶』…相済茶(あいすみちゃ)だ。
藍みを帯びた墨色であるこの色は、 喧嘩の仲直りが上手くいった祝儀として、
双方が揃って着た着物の色…手打ちが済んだ、ということから名付けられた。

まさに、『黄色』同士の間を取り持つ色だ。


「本当に…忠でよかったな。」
奇しくも玄関前で、山口が言ったのと『対』になるセリフを、明光は柔らかい声で、再度繰り返した。

「それじゃあ…今日はもうお休み。」

幼い頃と同じように、明光は部屋の電気を消し、足音を抑えて階下へと降りて行った。



真っ暗になった部屋。
闇に溶ける髪を撫で続けながら、僕は小さな声で詫びた。
「『反則』だらけの月島家で…申し訳ない。」

山口は『反側』…寝返りを打って、僕の腿にしがみ付いてきた。

「俺の方こそ…あんな恥ずかしいセリフを玄関先で…」

そう言うと、羞恥を隠すかのように布団の中に潜り込み、僕の『急所』への奇襲『口』撃を開始した。


  ゆるゆると上下する布団。
  上に上がると、布団の隙間からヒンヤリした冷気が肌を刺し、
  下に下がると、熱気に包み込まれ、同時に毛先が素肌を擽る。

感触と寒暖のコントラストが、徐々に脳内を黄色く点滅させてゆく。


「こういう『反則』なら…喜んで許容、かな。」

何とか抑えたつもりだったが、その声も布団の衣擦れ音も、同じ『ラ』にしか聞こえなかった。



- 完 -



**************************************************

※スカイラブハリケーンは、大変危険です。実験はお控え下さい。
※ボサボール→スポーツと音楽と、『ポジティブなバイブレーション』の融合…だそうです。エクストリーム!!

※ラブコメ20題『06.反則も悪くないなと思いました』

2016/03/02(P)  :  2016/09/10 加筆修正

 

NOVELS