「ツッキーのとこ、ルールブックあったよね?
今日これから…ちょっと見に行ってもいい?」
土曜の休日練習の帰り道。
まだ日没より大分早い時間だったが、
別の部活が体育館を利用するとのことで、排球部は撤収となった。
まだ明るいうちに部活を終えろとの命令に、
不平不満を絶叫する奴らも数名いたが、
そいつらは…『まだ明るくなる前』からやっていた。
「せめて休日ぐらいは勉強してください。」という、
顧問・武田の『涙ながらの懇願』に渋々従い、帰宅準備をした。
休日には『休息』という大事な役割があると認識している僕は、
休日出勤した日に、更なる残業など以ての外…
ましてや、『先輩より先には帰れない』などという、
日本企業の意味不明な『悪しき風習』に囚われることもなく、
誰よりも先に着替え、きちんと挨拶した上で(山口が)、早々と帰路に着いていた。
のんびり歩きながら他愛ない話をしていると、
山口は思い出したかのように、ウチに寄りたいと申し出た。
今日は休日なのだ。特に用事がなくても寄るつもりだったろうが、
(僕の方も、山口は当然寄って行くものだと最初から思っていた)
山口が言いだした『口実』に、少々興味を引かれた。
「ルールブック…競技規則だね。勿論、見に来てもいいけど…急にどうしたの?」
毎年のように改定される競技規則。
それに対応すべく、毎年バレーボール協会から、ルールブック…競技規則書が発売されている。
ホームページ上で公開すればよいものを…と、内心思う。
とはいえ、競技をするには、まずそのルールを知る必要がある。
その為、ウチには兄が入手した最新版規則書が常備されている。
(何処ぞからの頂き物か、はたまた自腹購入かは不明。)
「こないだサッカー部の奴に聞かれたんだ…『バレーっていつでも脚使っていいのか?』…って。
確か、サーブの時は『片方の手又は腕の部分で打つ』だから、
脚はダメだったよな~って…その確認がしたかったんだ。」
脚の使用が可能になったのは1995年の改定である。
その時期までに体育の授業でバレーを履修し、
その後、バレーと触れ合う機会がなかった人々にとっては、
未だ『腰より下も使用可』という改変に違和感を覚えるようだ。
「そうだね。脚でもレシーブ等のプレーは可能だけど、
サーブに関しては別規定があるから、反則になるね。」
「もし足でサーブ打てるのなら…サッカー部員は、フローターサーブもできちゃうよね。」
サッカーボールとバレーボールでは、後者が重さで約40%も軽く、
気圧(内圧)も低いため、非常によく弾む。
フットサルボールは、サッカーボールよりも更に弾みにくいため、
それらの蹴球経験者が『よく弾む』バレーボールを蹴ると、
割と簡単に無回転シュート…フローターサーブが打ててしまう。
「バレーボールを蹴ったら、物凄く気持ちいいらしいけど…
俺らにとっては、ちょっと…複雑な気持ちだよね。」
『脚は御法度』だった世代の人だけでなく、バレーボールを『蹴る』ことに関しては、
排球経験者にしてみれば、あまり良い気分とはいかないだろう。
そこまでではなくても、易々とフローターサーブを打たれると…
山口は特に、少々『いただけない』思いを感じてしまうだろう。
「同じ『球技』でも、『反則』とされるものは全然違うからね。
単に『競技上のルール』というだけじゃなくて、競技独自の作法…
何が『非紳士的行為』に当たるかも、当然違ってくるだろうしね。」
「逆に、サッカーの時に、思わずボールに手を出したら…」
「当然ながら、大顰蹙だろうね。だからってキーパーやっても、
『叩き落とす』はできても、『キャッチ』しろと言われると…難儀するかもね。」
それぞれの世界には、それぞれのルールがある。
それ故に、『郷に入れば郷に従え』という格言があり…
「『部外者』を排斥するんじゃなくて、
『そういうもんだ』って寛容する気持ちが大事ってことだね。」
山口の言うことは正しい。だが…理想だ。
世界中で争いが絶えないのも、それが困難であるという証左だろう。
かと言って、それを断念するわけではない。
「僕はね、人と喧嘩してまでも通したいような『我』…
『譲れない』ものなんて、実はそんなにないと思うんだ。」
だからこそ、『仁にあたりては師でも譲らず』…
自分が『これだ!』と思うものがあれば、先生相手でも譲るな…という、
逆説的な箴言が重みを持つのだろう。
「ツッキーって、勝手に喧嘩を売られることは多々あっても、
自分から『マジ喧嘩』…なんてしないもんね。」
「喧嘩で解決できるものなんて、それこそレアケースだよ。
意見の相違があった場合、それを解決するには…議論してそれを擦り合わせるしかない。
それが無理なもの…『譲れない』もの同士の対立である場合は、
喧嘩そのものを回避するのが、一番賢いんじゃないかな。」
それこそが、互いの尊重…山口の言う『寛容』ではなかろうか。
「俺、ツッキーでよかったな…」
自宅の門扉を抜け、あと数歩で玄関というところで、山口がしみじみと呟いた。
聞きようによっては、随分と熱烈な…
自宅前でサラリと聞くようなものじゃないセリフに、
僕はギクリと立ち止まり、ごく小さな声で聞き返した。
「いっ…いきなり、何…?」
僕の焦りを知る由もなく、山口は朗らかに笑って宣った。
「だって、小さい頃から『至近距離』の環境で育ってるから、
『譲れないもの』…価値観の相違で衝突することもないし。
無益な喧嘩を極力避けるっていう考えも同じ…要は、『仲良し』ってことだしね。」
だから俺…本当にツッキーでよかった!
無垢な笑顔から逃れるように、僕は早口で釘をさした。
「喧嘩の回避と、反則行為を赦すかどうかは…別次元の話だからね。」
それは勿論だよ!と、素直に返事をする山口。
「とりあえず、さっきみたいなセリフは…僕の部屋以外では『反則』だから。」
『?』と共に首を傾げる山口をよそに、
僕はいつもより大きな音を立てて玄関を開けた。
***************
お邪魔します~と、声を張り上げると、リビングから「お帰り~」と返ってきた。
ご飯までもうちょっとあるから、先に二人でお風呂と洗濯しといてね~
…という、おばさんの言葉…長年親しんだ『月島家』のルールに従い、
俺とツッキーは、練習着と今着ているものを洗濯機にかけ、一緒にお風呂場へと突入した。
小さい頃から、月島家に泊まる際は、洗濯&入浴、その後洗濯干し…というローテーションだった。
汗まみれの部活着を、鞄の中で一晩『熟成』という、危険きわまりない『発酵』を防ぐこともできるし、
おばさんに洗濯の手間を余分にかけることもない。
更には、キレイになった服を持って月島家から出勤できる…
ぎりぎりまでツッキーとのんびりできるという、大変素晴らしい利点もある。
実に月島家らしい、効率的なルールなのだ。
ということは、今日俺は…月島家にお泊り確定か。
…少なくとも、おばさんの中では。
決まりきった順序で頭と体を洗うと、向い合わせで浴槽に浸かる。
成長とともに狭く感じるようになる少し前に、タイミング良くリフォームされた浴室は、
二人で入っても十分リラックスできる程の広さがあった。
互いの脇の下に伸ばされた両脚に、両肘を乗せて寛ぐ。
湯気の向こうに見える、水分を滴らせる黄色い髪…その色で、先程の話の続きを思い出した。
「さっきのサッカー部の話の続きなんだけどさ…
バレーなら『スカイラブハリケーン』ができるか?…って。」
スカイラブハリケーンとは、伝説的サッカー漫画に出てきた技である。
一人がピッチ上に仰向けになり、その上げた両足裏を発射台とし、
もう一人がそこに飛び乗り、互いの脚を屈曲した状態から…一気に伸展して高所へと跳躍(発射)。
そこに上がったセンタリングに合わせて、飛び上がった選手がシュートを打つ…という、
いかにも漫画らしい『とんでも技』だが、サッカー小僧ならば一度は(プール等で)試したものだった。
「技術的には…実は可能らしいんだよ。ちゃんとそれを科学的に研究した人がいるみたい。」
「えっ!?そうなの?」
「バック宙を連続10回できる筋力があること…とか、天然芝とか、
様々な条件があるんだけど、実現の可能性はアリなんだって。」
刻一刻と状況が変化するサッカーでは、それを使うタイミングは皆無。
だが、攻撃に『タメ』を作れるバレーであれば…
「スカイラブからのスパイクも…理論上は可能だね。」
「尋常ではない跳躍力と体感のある『小柄な選手』と、跳び上がった先に神業的精度で送り込む『トス』…
あとは、強靭な下半身の持ち主たる『大柄な発射台』があれば…理論的には可能だよ。」
「…意外とすんなり、実現可能かもしれないね。」
3つのうち2つも、既に自分のチームに揃っていたとは。
結構『とんでもない』奴らとチームメイトだったことを、俺たちは今更ながら再確認した。
「とは言え、本当にバレーでそれをやったら反則だけどね。
『アシステッド・ヒット』…他選手や会場内のものを利用してのプレイは、明確なルール違反だからね。」
後で『競技規則』を確認しておくといいよと、ツッキーは言った。
「もしやるとすれば、反則や警告をも受け入れる度胸と、
『やる』こと自体を許してくれる、チームメイトの優しさ…これらも必要になるってことだね。」
本当にスカイラブなどの『とんでも技』が可能なのであれば、
観てみたい気はするが、それは『観客』としてである。
もし自分のチームメイトが…と思うと、『看て』いられない。
怪我したりさせたり、試合を台無しにしてしまったら…
『許容』や『寛容』は、それらをすべて受け止める『度胸』や、
『優しさ』がないと…本当に難しいことなんだろうな。
「…ま、僕は実行前の許容も、実行後の容赦もしないけどね。
大体、サッカーでやったとしても『非紳士的行為』…危険行為でイエローカードかもしれないし。」
「そう言えば、オーバーヘッドキックも危険行為とみなされたら、
イエローカードの対象になり得るって…どこかで見聞きした気がする。」
無責任な観客としては…ちょっと残念ではある。
「そんなにスカイラブがやりたいんだったら、バレーじゃなくて、『ボサボール』をオススメしたいね。」
「ボサボール…?何、それ?」
聞いたことのない…たぶん球技名を、俺はツッキーに聞き返した。
「エアクッションのコートで行われる、5対5のバレーボール…みたいなもの、かな。
最大の特徴は、フィールドの中央にトランポリンがあるんだ。」
「…は?トランポリン…?」
「バレー、フットボール、トランポリン、カポエラ…これらを融合したような、エクストリームな競技らしいよ。」
「それなら…スカイラブもやりたい放題だね!」
トランポリンで高く高く跳び上がり、有り得ないような高所からのオーバーヘッドスパイク…
「まさにエクストリーム!!ぜひ観てみたいね!!」
「ちなみに、審判にはマイクとホイッスルだけじゃなくて、楽器とDJセットを使うっていうルールもあるよ。」
「DJポリスならぬ、DJ審判…選手以上のハイスペックが必要かも。」
大興奮必至の変わり種バレーに想像を膨らませたせいか、ちょっとだけのぼせてきた。
そろそろ風呂から上がろうと、少し腰を浮かせると、
ツッキーも同じように体を起こし、風呂の淵に腰を掛けた。
『足湯』のような格好で、俺もツッキーの隣に座った。
「ボサボールは、常人の僕らにはちょっと敷居が高いけど、
僕らにもできそうな『変わり種』バレーもあるんだよ。」
そういうと、ツッキーは俺の両手首を掴み、そこに髪色より少し濃い、黄色のタオルを巻きつけた。
「『手錠バレー』…自由を奪われ大興奮!らしいよ。」
上気した頬。湯気で霞む視界。
湿り気を含み、体中を包むかのように響く声。
視力を補うために細められたツッキーの瞳が、それらと相まって、妙な色気を放つ。
『日常』から『非日常』へ…
奇襲のように、ツッキーはスイッチを切り替えてくることがある。
これもまた、過激で極端…エクストリームな反則だ。
「いきなりコレは…『非紳士的行為』だと、思う…」
「『イエローカード』の意味も、競技によってまちまちだからね。
山口の出すイエローカードは…どんな意味なの?」
わざとらしく『よく見えない』といった表情をしながら、
ツッキーは自由を奪われた手首を引きながら、顔を寄せてきた。
目に掛かる自分の黒髪と、目前に迫るツッキーの黄色い髪…
二色のコントラストが、脳内に警告を発する。
その警告を無視するかのように、俺はゆっくりと目を閉じる。
ツッキーの吐息が、水滴とともに頬を掠める。
「ちょっと~!いつまでお風呂で遊んでんの~?
もうすぐ晩御飯できちゃうから、お片付けして上がってね~」
ガチャリと突如開いた、浴室の外…脱衣所の扉。
今まで何度も聞いた、『月島母』定番のセリフ。
そしてまた、同じ勢いで閉まる扉と…遠のく足音。
浴槽内にトランポリンが仕掛けられていたかのように、体と心臓が跳ね上がっていた。
「お…おばさんも、なかなか…エクストリーム…」
「『非淑女的行為』…とんでもない『反則』だよ。」
イエローカード×2枚。
二人揃って、静かに浴槽フィールドを退場した。
***************
洗濯物を干し、晩御飯を頂く。
今日の月島家のメニューは、黄金色のオムライス。
何だか今日は、『黄色』がよく出てくるなぁと思っていると、ツッキーの方もそう思っていたみたいだ。
部屋に戻り、床に来客用(俺専用)布団を敷き終えると、
ツッキーは百科事典を取り出して『色』のページを開き、その布団に腹ばいになった。
これも、幼い頃からの『月島家の夜』の定番…
布団に転がりながら、図鑑や辞書で遊ぶ…『雑学考察』の時間だ。
俺は本棚から古語辞典を拝借してツッキーの横に伸びると、
辞書の最初の方にある『付録』ページを開いて置いた。
「今日のテーマは、とりもなおさず…『黄色』だね。まずは…『黄色』とはどんな色か?」
ツッキーの最初の問いは、いつも考察対象の『定義』からだ。
「色を言葉で伝える時の基本になる、『基本色』の一つで、
『ヒマワリの花弁』とか、『卵の黄身』のような色…だね。」
「語源は、『金』や、草木染から派生した『木』とか、もともとは『くいろ』…『栗色』という説もあるね。」
こうして『色』を言葉で説明するのは…結構難しい。
色を知覚し、脳でそれを解析する際には男女差があるが、個人間でも勿論その差があるだろうし、
色の表現ともなれば、地域や歴史の差も当然出てくる。
そのため、国際的に『色』を規定する、様々な方法がある。
「一つの定義付けとして、RGBカラーモデル…赤(Red)・緑(Green)・青(Blue)の、
三原色を混ぜた表現で、RGB(225,225,0)…赤と緑の中間色、かな。」
「液晶ディスプレイとか、画像処理での表現方法だね。
ホームページのデザインとして使うウェブカラーだと、『#FFFF00』が『yellow』だけど…『檸檬色』に近いね。」
同じ『黄色』でも、色調や明るさで随分違う。
俺は真横の『黄色』…クセのあるツッキーの髪を触りながら、
古語辞典の『日本の色』というカラーページを指差した。
「ツッキーの髪の色って…どれが一番近いかな?
砥粉色…刃物を研いだ時にでる、砥石の粉の色とか、
梔子色…クチナシの実で染めた色かな?」
同じ『黄色』の枠に入る、チームメイトの髪色…
蜜柑色とか橙色、または鬱金色…より、赤味が弱く、落ち着いた色だ。
「クチナシの実は、漢方では消炎・解熱作用だね。鬱金(ウコン)は、英名ターメリック…カレーの色。」
名は体を表すというが、色も体を表している。
「『色』の持つイメージとか、心理的効果があるでしょ?
『黄色』といえば、明るい、楽しい、活発、ひょうきん、
あとは幼いとか、陽気っていう雰囲気があるけど…」
「それは、僕じゃなくて、『お日様カレー』系の方だね。
黄色は陰陽五行説で『中央』…皇帝を表す色だけど、そういう『ド派手』で『真ん中』なイメージは、
全部『アチラさん』に、喜んで贈呈してもあげてもいいよ。」
危険や緊張…『警告』系は、全部引き受けてあげるよ…と、
ツッキーは自虐してでも『一緒にしないで』と主張した。
全くもう…。
俺はツッキーに見えないように苦笑いを溢し、『ツッキーっぽい黄色』についての考察を開始した。
「『黄色』のイメージのある『性格』でいうと、好奇心旺盛、知識欲が強い、毒舌家、頭の回転が速い、
あとは批判家にマイペース…このあたりが、ツッキー系だね。」
「黄色の文房具を使うと計算ミスが少ないという研究結果もあるし、
黄色い宝石・トパーズも、ギリシャ語で『探し求める』…石自体の意味も、『直観力と洞察力』らしいよ。」
また、黄+黒の目立つコントラストが、『警告色』な理由は、
黄色が交感・副交感神経を刺激し、注意喚起を促すためであり、
それ故に、試験用文房具に向いているのかもしれない。
黄色と言えば…俺は、かねてからの疑問を口にした。
「よく芸能人とか、どっかの大王様とかに、女性から送られる…なんで、『黄色い声援』って言うんだろう?」
イメージとしては…桃色でも良さそうなのに。
ずっと昔から、疑問に思っていたことだった。
「黄色い声援…女性の甲高い声は、音階で言うと『ラ』…赤ちゃんの泣き声と同じ音になるんだ。」
「確かに…どちらも高周波の『高い音』だよね。」
「また、世の中には、『音』から『色』を感じる人…『色聴』を持ってる人がいるみたいなんだ。
その人たちが言うには、『ラ』は『黄色』なんだって。」
「赤ちゃんの泣き声も、『ただごとではない』…警告だね。」
『声色』とか、『音色』といった言葉も、色と音が関係しているからこそ、生まれた表現かもしれない。
「あとは、お経のメロディに由来するっていう説もあるよ。
お経にも抑揚というか、メロディがあるんだけど、
経典の文字の横に、
音譜の代わりに様々な色の墨で印をつけて、音の高低を表していたらしいんだ。
それで、一番高い音が…黄色。」
子どもは色聴を共有し、原始人も所有していたらしい。
かなり昔から、『高い声=黄色』は、人類の共通認識だったかもしれない。
「色も音も、どちらも波形…周波数で表すことができるから、そういう知覚ができるのかな。」
「そこはまだはっきりとはわかっていないみたいだけど、
色彩と音楽の『同時演奏』も…将来的にはできるようになるかもしれないね。」
足元に畳んでおいた布団を、ツッキーは二人の上に掛けた。
シングルサイズからはみ出さないように、少しづつ距離を詰める。
布団の中で、短パンから出た素足が触れ合う。
すべすべとした人肌と布団の感触が、何とも言えず…心地良い。
無意識のうちに、お互いに脚を絡ませ、擦り合わせる。
布団から出ている片腕は、何でもない振りで辞書を捲る。
布団の中では、もう片方で互いの下肢を覆うものを捲る。
「競技によって意味が違う『イエローカード』だけど、
共通するのは『非紳士的行為』…その代表は?」
「人体の…『急所』への攻撃、だよね。」
腹這いでは、少々『苦しく』なってきた。
お互いの方を向くように、体を横に向ける。
『急所』を避けるように、腿の外側を撫で合う。
ツッキーは古語辞典の別ページを開き、『考察』を続ける。
「平安時代の、代表的な建築様式…『寝殿造』にも、
『急所』っていう施設があるんだよ。」
ここだよ、と指した場所は、『休憩所』だった。
「残念ながら、『ご休憩所』とは書いてない…みたいだね。
そもそも『寝殿』だって…『寝所』じゃなかったよね。」
布団の中の片腕を牽制するかのように、俺もわざとらしく『考察』を続ける。
「『寝殿』は『居室』…でも、『僕の部屋』に関して言えば、
居室イコール寝所で間違ってない…でしょ?」
『急所』に触れる、反則行為。
俺の返事は、鼻から抜ける『ラ』の音だった。
「本日の『考察』の結論。中国で『黄色』は、日本で言うところの…『ピンク』なんだよ。」
俺の目の前を覆う、本日二度目の『イエローカード』。
ドンドンと下から響き、上昇してくる鼓動…
…ではなかった。
ツッキーは憤怒の表情で盛大な舌打ちをすると、
「絶対に『寝たふり』を通してね。」と、早口で俺に指示すると、
俺の頭まで布団を被せ、自分は腰から下を布団に入れたまま…上体を起こして座った。
次の瞬間、バタン!と扉が開き、
もう一人の『警告色』が飛び込んできた。
***************
「蛍、ただいまー!!って、うわぁぁぁぁっ!!!?」
「シッ!…起きちゃうでしょ。」
人差し指で『黙れ』サインを出すと、
闖入者…兄・明光は、
両手で口を覆い、静かに扉を閉めた。
「…じゃ、邪魔してスミマセン…って、何だ、忠か!
はぁ~ビックリした!一瞬俺、蛍が誰か連れ込んでるのかと…
このウチには家族がいるのに、どっ、堂々と、ど、どど同衾とかは…『反則』だぞ!」
「ノックもなしに入ってくる兄ちゃんも、十分反則だけどね。」
「くぅ~~っ!相変わらず可愛くない!!」
明光はヘロヘロと扉の前に座り込み、
小さくとも十分聞き取れる声(その程度で山口は起きない)で、ホッとしたように喋り始めた。
「お前ら、未だに『図鑑見ながら寝落ち』してたんだな。こんなにデカくなったのに…忠は可愛いなぁ。」
「じゃぁ、その『可愛い担当の弟』のためにも、
セミダブルぐらいの布団を買ってやってよ。」
「今度は『販促』かよ…ホントにお前は可愛くないな。」
そう言いつつも、散らばる図鑑や辞書と、相変わらず仲の良い『弟たち』に、明光は優しく微笑んた。
「…で、『非紳士的』な兄上は、一体何の御用ですか。」
「取引先からカステラをたくさん貰ったから、お裾分けに。」
「越後屋さん?」
「お主もワルよのぉ…って、俺は悪代官か!」
さっきの『黄色のイメージ』にあった性格…
フレンドリー、お調子者、周りの状況を考えない、無神経…こっちの『黄色』には、これらが当てはまる。
布団の中で、山口は笑いを堪えた。
その動きで、髪がふわりと、露わになっている腿を掠める。
ビクリと痙攣したのを誤魔化すため、片膝を立てた。
「それはそれは、わざわざご苦労サマでした。明日、山口と一緒にイタダキマス。」
シッシ…と、『さっさと帰れ』を掌で示す。
「ホンッッッット~に、お前は可愛くないな!
つくづく思うけど…忠が居てくれて、蛍は良かったな。」
「『可愛い弟』を僕がやらなくて済んでるからね。」
「それもあるけど!
忠のおかげで、今の蛍が…俺ら兄弟があるなって。」
一時期は没交渉だった兄。
こうして普通に喋れるのも、山口あってこそだ。
腿に触れる髪を除けながら、ふと思った。
この髪色は、『藍墨茶』…相済茶(あいすみちゃ)だ。
藍みを帯びた墨色であるこの色は、
喧嘩の仲直りが上手くいった祝儀として、
双方が揃って着た着物の色…手打ちが済んだ、ということから名付けられた。
まさに、『黄色』同士の間を取り持つ色だ。
「本当に…忠でよかったな。」
奇しくも玄関前で、山口が言ったのと『対』になるセリフを、明光は柔らかい声で、再度繰り返した。
「それじゃあ…今日はもうお休み。」
幼い頃と同じように、明光は部屋の電気を消し、足音を抑えて階下へと降りて行った。
真っ暗になった部屋。
闇に溶ける髪を撫で続けながら、僕は小さな声で詫びた。
「『反則』だらけの月島家で…申し訳ない。」
山口は『反側』…寝返りを打って、僕の腿にしがみ付いてきた。
「俺の方こそ…あんな恥ずかしいセリフを玄関先で…」
そう言うと、羞恥を隠すかのように布団の中に潜り込み、僕の『急所』への奇襲『口』撃を開始した。
ゆるゆると上下する布団。
上に上がると、布団の隙間からヒンヤリした冷気が肌を刺し、
下に下がると、熱気に包み込まれ、同時に毛先が素肌を擽る。
感触と寒暖のコントラストが、徐々に脳内を黄色く点滅させてゆく。
「こういう『反則』なら…喜んで許容、かな。」
何とか抑えたつもりだったが、その声も布団の衣擦れ音も、同じ『ラ』にしか聞こえなかった。
- 完 -
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※スカイラブハリケーンは、大変危険です。実験はお控え下さい。
※ボサボール→スポーツと音楽と、『ポジティブなバイブレーション』の融合…だそうです。エクストリーム!!
※ラブコメ20題『06.反則も悪くないなと思いました』
2016/03/02(P)
: 2016/09/10 加筆修正