序論    一切即一







どん、と重量感のある震動が、体育館に響き渡る。
ほぼ真下に叩き付けられた球は、同じ反射角で跳ね、バスケットゴールの網を揺らした。

溜息とともに、暫し訪れる静寂。

「相変わらず、東峰さんのスパイクは破壊力抜群…」
「床板までぶち抜きそうだよね…」

成田と木下の感嘆に、部員達は異論なかった。
間違いなく、体育館の老朽化を速めているのは、我らが排球部だろう。

そもそも、排球ほど体育館にダメージを与える球技があるだろうか…
苗字の『近さ』からか、床板に少々同情しつつあった縁下の隣で、日向がポツリと呟いた。


「やっぱり、エースはいいなぁ…」
あんな気持ちいいスパイクを決められて、本当にカッコイイ…

『エース』に並々ならぬ憧れを持つ日向。
その紛うことなき本心の吐露に対し、部員達は言下に掛けるべき言葉を見出だせなかった。

再び訪れた沈黙を破ったのは、3年の面々だった。
「確かに『エース』は格好いいよね。でも、旭が格好いいのは、『エース』の時限定。
   全体のごくごく一部が、格好いい『エース』属性ってことだから。」
「残りの大部分は、ただの『ひげちょこ』だ。」

うわっ、お前らそれちょっと酷くない!?
涙声での東峰の情けない抗議に、場の緊張が一気に緩んだ。


「おいおい日向ぁ~、お前まだ『オトリ』に不満があんのか~?」
田中はガシッと日向の肩を組み、髪の毛をワシャワシャ掻き乱した。

「別にそういうわけじゃなくて…『オトリ』もやるけど、さらに『エース』もできたら、
   『1粒で2度美味しい』みたいで、更にカッコ良さ激増だなぁ~って。」
日向は目を輝かせてのたまった。

「一人で2つもオイシイ称号狙おうってか!?
   コノヤロウ…そりゃ欲張りすぎってモンだろうが!」
日向の頭に、田中は愛のある『ツッコミ』をお見舞いしてやった。

一同の笑いが落ち着く頃、今度は西谷が日向に近づいた。
「一人で2つ狙い…ゼータク者の翔陽には、こいつをくれてやろうっ!」

西谷がおもむろに取り出したのは、お馴染みのTシャツだった。
その真ん中には、お馴染みの四字熟語が描いてあった。

   『一石二烏』

「一石二鳥…まさにピッタリだね。」
感心する山口に、月島が冷静に訂正を入れた。

「よく見なよ。一石二『鳥』じゃなくて、『烏』になってる。
   これはまた、随分と恥ずかしい誤字だね。」
書き慣れてる漢字と間違えたんじゃないの?と、月島はぷぷぷ…と含み笑いをした。

「甘ぇな月島…これはこれで『正解』なんだよ。偶然にもな!」
ふふふ…と、西谷が不敵に笑い返した。

「翔陽っていう『オトリ』があるからこそ、旭さんや龍…『2羽の烏』が飛べるっ!」
図らずも見事なまでの『出来栄え』に、月島以外から歓声と拍手が沸き起こった。

その感動に横槍を入れたのは、影山の質問だった。
「『烏』はいいとして、日向が『石』ってことか???その石って…どんな石だ?」

『石』と一言に言っても、その材質や用途は多岐にわたる。
『一石二鳥』は、英語の諺を四字熟語にしたらしいが…

「そう言われれば、私…どんな『石』か考えたこともなかったです。」
「安山岩、玄武岩、花崗岩…鉱石に隕石…墓石だってあるわね。」

マネージャー達の考察を、日向の挙手が妨害した。
「はいはいはいっ!!それじゃあ俺…『宝石』がいいっ!
   だって、『カラス大好き・キラキラの石』ってことじゃん!!」

烏の愛する『宝石』が、烏達を輝かせる…
いささか図々しくもあり、『出来過ぎ』のきらいもあるが、
ストーリーとしては完成されている。

納得しかけた部員達を牽制したのは、またしても月島だった。
「何言ってんの。その石は『捨て石』のことデショ。
   つまりは、『無駄な石』ってコトだよね。」
「なっ…なんだとーーーっ!!」

無駄呼ばわりされた日向は一瞬で沸騰し、 月島に飛び掛かろうとした。
その攻撃を防いだのは、言うまでもなく山口だった。


身を挺して大事なツッキーを守った…かに見えた。
しかし山口は、受け止めた日向を優しく降ろすと、くるりと月島に向き直った。

「もうツッキー…せっかく美しくまとまりかけたのに…
   いつまで経っても収拾付かない、文字通りの『烏合の衆』だよ。」

思わぬ山口からの反撃。
滅多に見られない山口から月島への『No!』に、
騒ぎ立てていた周りの烏達は静まり返った。

「いくらツッキーが皮肉言ったって、無駄だってわかるでしょ?
   ツッキーの言う通り、その『石』は『捨て石』だけど、それって…
   『今は無駄に見えるけど、将来役に立つと期待してする行為』じゃん。
   結局のところ、『日向にピッタリ』だって褒めてるんだから、
   やっぱりツッキーが『優しい』ってことに変わりないよね!!」

「うるさい山口。」

あぁ…そうか。
どんなに知恵を振り絞って悪態をつこうとも、
全く通じないどころか、プラスに解釈されてしまう…
月島が山口に対し、『うるさい』としか言えない理由が、部員達にも少し解った。



「はいはい、そこまでです!」
烏達の喧騒を見守っていた武田が、パンパンと手を鳴らした。

「一つの個は全体の中にあり、その個一つ一つの中に全体がある…
   これを、『一切即一』と言います。」
禅問答のような言葉の登場に、部員達は静かに聞き入った。

「『エース』という属性を含めて東峰君『全体』があり、
   月島君の中にも『優しい』という属性がある、ということです。」

つまり、こういうことだ…と、武田の言葉を受けて、烏養も続けた。
「ウチには色んな奴がいる。その個人の中にも、色んな面がある。
   それが集まって、『烏野高校排球部』っていう『全体』だ。」
「色んな個人の集まりです。時には衝突することもあるでしょう。
   ですが…僕たちはいつでも『味方』です。それだけは、忘れないでくださいね。」


今度こそ『美しい完結』に、部員達は声を揃えて『はい!』と答えた。



***************



「『一切即一』かぁ…難しい言葉だね。」

いつも以上にてんやわんやだった部活後のミーティングだったが、
いつも以上にスッキリサッパリな終わり方だった。

こんなこともあるもんだねぇ~と、山口は隣を歩く月島に言った。

「『全体』って言っても、所詮は『個』の集まりってことでしょ。」
月島自身は、全く以ってスッキリしていない態だった。

「そんなにキツいことばっかり言うのがツッキーの全てじゃない。
   厳しくしたり、優しくしたり…そういう全てが『ツッキー』だよね。」

「その場に応じて一張一弛、臨機応変に。『アメ』と『ムチ』ってやつだよ。」
尚も受容しない月島に、山口は笑顔でカウンターを寄越した。

「もう…せっかく持ち上げたのに、また落とすの?ツッキーも大概、しつこいよね~!」
「…うるさい山口。お前のそういうところが…兎に角うるさい。」
「あはは~、ごめんねツッキー!!」


慣れ親しんだ遣り取りに、月島は漸く表情を緩め、
視線だけで「ウチに寄って行きなよ」と、山口を誘った。


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