序論    一心一意







本日、烏野高校排球部は、他校での練習試合だった。

相手方はそこそこ名の知れた強豪であり、
部員達は貴重な経験を積んできた帰り道だった。

つい3日前突然決まった対外試合だったため、遠征用のバスを押さえることができなかった。
そのため、部員達は最寄駅にて一旦解散し、その後はそれぞれが徒歩での帰宅となった。

とは言うものの、ほとんどの生徒が学校方面に向かうため、
やや緩やかな『集団登校』といった形になっていた。

集団のしんがりは、引率者たる武田と烏養。
その少し前方…部員達の最後尾を、月島と山口が歩いていた。

聞き耳を立てたわけではないが、引率者達には二人の会話が自然と入ってきた。


「あ、ツッキー…俺、今日もこれから嶋田さんのとこだから…」

商店街で組織するバレー部の面々には、度々お世話になっている。
中でも山口が、嶋田マートにサーブの教えを請い、頻繁に特訓をしてもらっていること、
そして、山口が一途にそれを極めようと奮闘していることは、部員達にも周知のことだった。

商店街メンツとは旧知の仲…というよりは、
まさに巻き込んだ張本人である烏養は、思わず二人の会話に口を挟んでしまった。

「山口お前、これから行くのか?試合後で…」
疲れてんだろ、と烏養が言う前に、
「あんまり試合出してもらえてないんだから、疲れはないよね。」
アンタのせいだと言わんばかりに、月島が烏養の台詞を遮った。

「あはははは…確かにね!」
結構厳しい事を言われたはずの山口は、特に気にした様子もなく、へらへらと笑った。


「…月末でしょ。棚卸で忙しいんじゃないの?」
月島はチラリと烏養を見つつ、不機嫌そうに訊ねた。

確かに、酒類を扱っている嶋田マートは、3ヶ月に一度の棚卸が必要なはず。
小さな商店では、そのためだけに人を雇う余裕があるわけもなく、
商店主自ら、閉店後に徹夜でやらざるを得ず…心身ともに『重たい』業務だった。

「そうみたい。こないだから嶋田さん、伝票整理でイライラしてるから…」
「それじゃあ…」
普通は遠慮するでしょ…と言いたげな月島に、山口はニカっと笑ってみせた。

「だから、今日は俺…棚卸の手伝いをしてくるよ。いつもすっごいお世話になってるしね。」
たまには恩返ししなきゃ!と意気込む山口。
しかし、すぐに申し訳なさそうに手を合わせた。

「たぶん、帰りが遅くなると思うんだ。だから、明日の朝も厳しくて…
   もし寝坊しちゃったら、明日行く予定だった映画…あきらめてくれる?」
明日学校は休み。部活も休み(坂ノ下商店棚卸の為)。
久々に『フリー』の一日をいかしてに過ごすべきか…
前方を行く部員達も、その話で盛り上がっているようだった。

せっかくの休み。その予定を覆されそうになった月島だが、至って興味なさそうに返した。

「…好きにすれば。」

ほどなく商店街の入口に着き、
「それじゃあツッキー、また明日ね!…先生方もお疲れ様でしたっ!」と、
山口は律儀に頭を下げて走り去った。



「山口君…意外と強情ですね。」
山口の挨拶には無言だった月島だが、さすがに教師の問い掛けには応じざるを得なかった。

「別に…アイツの自由ですから。他人の僕がとやかく言う筋合いないですし。」
口ではそう言いつつも、月島が超絶不機嫌なのは明らかだった。

「お、月島ぁ~、さてはお前…『親友取られたみたいで焦る幼馴染み』の心境だな?」

いつも一緒に遊んでいた友達。
その友達にも、『自分の知らない世界』がある…
例えば、習い事を始めたり、バイトに行き始めたり。
そんな姿を不意に知ってしまった時に、
自分だけ置いて行かれたような焦燥感と寂寥感を感じてしまう。
少年から青年への移行期に、誰しもが通る道だった。

わかるぞ~その気持ち。うんうん、お前もちゃんと成長してんだなぁ~と、
『人生の先輩ヅラ』で語る烏養に、月島はあからさまに憮然とした。
だが、すぐにいつも通りの『訳知り顔』で切り返した。

「それは、少し違う気がしますね。強いて言うなら…『娘を嫁にやる気分』、でしょうか。」

高校生の『青春』に付き合って、先生方も大変でしたね。
どうぞよい週末をお過ごしください。

口元だけ笑い、月島は慇懃に礼をしつつ帰って行った。



「あの野郎…予想以上に可愛くねぇな。」
月島の姿が見えなくなってから、烏養が舌打ちした。

娘どころか、ヨメもツレもいない『まだ若造』の烏養達に、
『娘を嫁にやる気持ち』など、未だわかるはずもない…
要するに月島は、『わかった風の講釈垂れんな』と、
現段階では検証不可能な表現で、二人をいなしたのだ。


「そうですか?僕は…予想以上に月島君が素直で可愛いくて、吃驚しましたよ。」
嬉しそうにほわほわと微笑む武田に、烏養の方が驚いた。

「はぁ?アレのどのあたりが可愛いって??」
「確かに、独り身の僕たちには『娘を嫁にやる気持ち』は、
   実感も以って正確に述べることはできません。
   ですが、あの文脈と表情から捉えるならば…
   『自分ではどうしようもないことに対する苛立ち』でしょうか。
   では、この気持ちを漢字3文字で答えるとすると…?」

「…『独占欲』だな。」

烏養君、正解です。
ちなみに、20代半ばの烏養君に対するこの設問の配点は5点です。
…そういいながら、武田は子どもの様に微笑んだ。


さすが現国教師。むしろコイツが一番『意外』だったかもな。
そう思いかけ、烏養はすぐにそれが誤りだと気付いた。

意外でも何でもない。この洞察力と人心掌握術…
それを持ち合わせているからこそ、こうして対外試合ができたり、
自分が『ここ』にいるんじゃないのか。


「先生アンタ…実はモテるだろ。」
「それはどうでしょうね。」

武田は、年相応の深みがある笑みを魅せて言った。


「では次の質問です。本当に一途なのは…誰でしょうか?」


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