よし、15分間の休憩。
各自しっかり水分補給しろよ!
烏養の号令に、部員達は一斉に了解の返事をし、
蒸し暑い体育館を出て、風の当たる場所に散った。
休憩時間になると、大抵すぐに駆け寄ってくる幼馴染…のはずが、何故か見当たらない。
わざわざ探すほどの必要もないだろうと、一人で体育館の裏手に回った。
そこは、体育倉庫との隙間で、人気もなく静かな場所。
月島の数少ない『お気に入りスポット』の一つだった。
だが、今日は『静寂』とは無縁の先客がいた。
月島は心の中で舌打ちをし、気付かれないように去ろうとしたが、
うるさいはずの先客に、なぜだか「しーーーっ!」と言われつつ、強引に手招き…
いや、引っ張り込まれた。
「こんなとこで何してんですか。」
「馬鹿!もっと小っせぇ声で話せよっ!」
「お前の声もデケェよっ!」
これでも静かにしているつもりなのか。
いつもながらのオーバーリアクションで、
先客…田中と西谷がお互いにツッコミを入れ合った。
あれを見ろ、と田中が顎で指し示した先には、排球部マネージャー2人と、
準マネージャーもどき(補欠の一年の実態は、ほぼこれで間違いなかろう)の、山口がいた。
どうやら、教師だか何だかに頼まれ、3人で大きな長机をいくつか運ぼうとしているらしかった。
「俺の潔子サンが、あんな重たいものを…
ここは、俺がスマートに手助けをして、ポイント稼ぐチャーーンスっ!!」
「ちょっとまて、いつから潔子サンがお前のもんになったんだ!?」
またしても大声で叫びそうになったのを自重しつつ、田中と西谷は月島に詰め寄った。
「月島、ここで最大の問題がある。
…誰が潔子サンとペアを組んでお手伝いして差し上げるか、だ。」
「誰でもいいじゃないですか。」
「そこでだ。俺と龍、どっちがより潔子サンを好きかで決めようと思う。
今からそのその思いの丈を示すから…月島が決めてくれ!!」
「示さなくて結構です。止めて下さい。」
月島の提案は完全に無視され、逆に無茶苦茶な決定権を押し付けられてしまった。
「俺の方がずっと前から、潔子サンのことが好きだーーーっ!!」
全身全霊で愛を(小声で)叫ぶ田中に対し、
「何をっ!俺の方がずっと潔子サンを愛してる…なんてな。。。」
はにかみながら(小声で)赤面する西谷。
熱烈な告白をまざまざと見せられ、月島は全力で『いやそうな顔』をし、淡々と評決した。
「『相手を想う期間が長い』イコール『愛が大きい』じゃないでしょ。
熟年夫婦なんて、むしろ愛が薄まってくじゃないですか。」
「「んなっ!!!?」」
絶句する二人を置いて、月島はため息とともに立ち上がった。
「おい待てよ月島っ!まさかお前、俺たちを差し置いて潔子サンと…」
激怒しかけた田中が全て言い終わらないうちに、月島はマネージャーの下へ行き…
山口に「手伝うよ」と言った。
この予測不可能な月島の行為に、一同は目を疑った。
「ちょっ…ちょっと待ってよツッキー!
気持ちは嬉しいけど…俺を選んでるどころじゃないでしょ!!
流れ的には清水先輩だし、手伝うならまず女性からでしょ!!」
最初から全部聞いていたマネージャー達も、山口の正当なツッコミに首肯した。
だが月島は、さも当然といった態で、面倒臭そうに答えた。
「単純に、合理的に判断したまでだよ。
…大きくて長いものを運ぶなら、できるだけ身長差がない方が良い。」
それぞれが支える重さは、その重心からの水平距離によって決まる。
身長差があればあるほど、低い方に重心が傾き、負担が増える。
「そういえば、こないだの物理の授業でやりましたっ!!」
谷地ただ一人が、「なるほど納得です!」と頷いた。
「その物理法則に従うとしたら、潔子サンと組むべきは…俺!!!!
月島ぁぁぁぁぁ!!フェア極まりない判断!!最高だぜっ!!」
「ただの消去法ですから。」
田中は月島の手を取り、強烈に感謝の握手を振り回した。
じゃぁ俺は谷地さんとだな、ヨロシク!と爽やかに挨拶した西谷は、
あまり見せない真剣な面持ちで、クルリと月島に向き直った。
「今回はお前の判断が正しいのは間違いない。だけど…
『期間が長いと愛が薄まる』っていうのだけは、俺は納得いかねぇよ。
愛が大きくなりすぎて、空気みたいに周りをすっぽり覆っちまって…
その大きさに気付かないだけだろ。」
西谷はそう言うと、谷地を伴って机を運んで行った。
「予測不可能は、どっちかしらね。」
言葉と表情を失って立ちつくす月島に、
清水は『一言』と、山口を置いて行ってしまった。
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