岡目八目とはよく言ったもので、当事者じゃない方、傍から見た方、
すなわち、コートではなくベンチからの方が、やっぱり物事はよく見えるんだなぁと。
「ナイスブロック、月島!!」
「見事なドシャットだね。」
「うわぁ…ツッキーやっぱりカッコイイっ!!!」
先日より、影山日向コンビの変人速攻を、
月島はかなりの確率でシャットアウトしている…と思う。
より正確を期すため、縁下はスコアブックを広げ、
月島の対変人ブロック率を計算しはじめた。
ある程度その率が上がってしまう前に、変人側に対策を練る必要がある。
「日向のジャンプ…『タメ』にクセができてるかな。
…おーい、二人とも、ちょっと来てよ!」
縁下が電卓を叩くのを確認しつつ、
菅原は変人コンビを呼び、気付いた点と改善してみる点を伝え始めた。
「縁下先輩、やっぱりツッキーのブロック率…上がってますよね?」
キラキラとした目で、隣にいた山口がノートを覗き込んできた。
「傍から見てると、すごくそう感じるよね。でも…
実際のところ、率としては10%ちょいの上昇なんだよね。」
「え、そんなもんですか!?もう8割方止めてかると思ったのに。」
至極残念そうに、山口は唇を尖らせた。
「たぶん、ブロック成功した時に、変人コンビが盛大に悔しがるのと、
それを月島がこれでもかってケチョンケチョンに貶すから…」
それが、すごく印象深く記憶に残るんじゃないかなと、縁下は冷静に分析した。
「それってつまり、相手方とそのベンチ、それに観客にとって、
それだけインパクトが大きくて、威圧的に感じるってこと…
これは心理作戦としては、かなり有効…って、ノートに書いといて。」
アドバイスを終えた菅原が、縁下に『ベンチの気付きメモ』への追記を依頼した。
「それにしても、山口は…
月島がブロック決めたとき、すごく幸せそうに笑うよね。」
なおも不満気な山口に、縁下はノートを置いて言った。
その言葉に、山口は少々慌てながら、言い訳を始めた。
「ももももっもちろん、チームメイトだから、
影山と日向の速攻が決まるのも嬉しいんです!!
逆に、簡単に止められちゃうと困りますし…
でも、やっぱりツッキーが活躍するのが、一番っていうか…」
どっちの応援もしたいから、『練習中のベンチ』って複雑な気持ちですよね~と、
山口は少し照れながら苦笑した。
「その気持ち、よくわかるな。
でもその複雑さの中でも月島が一番なのは、やっぱり『親友』だから?」
菅原の何気ない問いかけに、山口は何故か慌てふためいた。
「そっ、その問いの答えは…ノーです!!」
力強い否定の言葉に、縁下と菅原は意表を突かれた。
その真意を問う前に、山口は自分から饒舌に語り始めた。
「あの超カッコいいツッキーと、し、親友だなんて…滅相もない!
そんなの…もっ、勿体なさすぎです!!
俺なんて何の取り柄もないし、一年で一人だけ影薄くて、
チームに居ても居なくても大差ないし…
ツッキーと…神業速攻コンビと一緒にバレーできるだけで、
俺は幸せ者だなぁ~って思ってます…」
あまりに自己否定的な発言に、二人はまたしても唖然とした。
そして、顔を見合わせて微笑んだ。
「あのね、山口。他人の活躍を素直に喜べるっていうのは、実は凄いことだよ。」
「チームが勝つのは嬉しい。でもやっぱり…試合に出たい。
普通の人は、どうしても本心では…自分を優先しちゃうもんだよ。」
スポーツをする者なら、誰だってそうだ。
その競技が好きであれば、尚更。
「勿論、山口だって悔しい思いをして、一人サーブ特訓してるのも知ってる。
その悔しさを抱えながら、それでも手放しで他人を称賛できるのは、
既に指導者クラスの心意気…『プロの傍観者』じゃないかな。」
予想外の賛辞に、山口は一瞬驚嘆したが、直ぐに肩を落とした。
「それってつまり…『ベンチのプロ』ってことですよね。」
今度は三人で苦笑いした。
「こないだの話だけど…やっぱり山口が適任じゃない?」
「そうですね。アイツ以外考えられないですね。」
山口が月島にタオルを渡しに行くと、
菅原と縁下は納得顔で囁き合った。
「近いうちに、山口の連絡先を聞いておきます。」
「頼んだよ~次期主将!」
対外試合や合宿が増えた排球部では、様々な連絡事項を伝達するための、
『中継地点』となる存在を必要としていた。
三年は主将澤村、二年は縁下がその役目を担っていたのだが、
では一年は誰にするか…?というのが、先日からの議題であった。
「一年に山口がいないと、正直困ります…よね。」
「他の誰が、影山・日向・月島の3人共と意思疎通し得るのか…
やっぱり一年の『中心』は『忠』でキマリだよね!!」
偉大なる先輩のしょうもない一言を見事にスルーし、
可愛い後輩達の姿を見ながら縁下はそっと呟いた。
「『求めすぎない』のは山口の美徳だけど…ちょっと、何かがおかしい…よな。」
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